『17』


「お前ほどの男が、彼等の……安倍清明の側につくのですか? 京都は平安
 の陰陽師であった貴方の祖先……芦屋道満の血筋の者が」

 その言葉に、男はつまらなそうに微笑むと、伊賀瀬の正面に対峙して言葉
を続ける。

「もともと、芦屋家っていうのは言わば町医者でしてね。薬草療法や、催眠
 療法を用いて人々の病を直していたっていうのが本当でさ。別に、権力や
 安倍家に楯突こうなんて一切考えちゃいませんよ」
「……ほう」
「成りゆきで安倍清明と闘うことになりましたが、ありゃあデキレースで、
 私の祖先の負けは決定でしたからな。どうもそこらへんおかしく伝えられ
 ているようで……ま、大金もらったからいいんでしょうが」

 そこで男はにやりと伊賀瀬に向かって微笑する。

「まあ、そんな訳で、私のような雇われものの芦屋家としては、金づるがな
 くなると困るんですわ」
「ふ……ふざけた男ですな……どこまで本音か知りませんが、この娘は戦利
 品として頂いていきますよ」
「……できますかな?」
「もちろん、やらせて頂きますよ」

 そこまで言うと、瞬時にお互いが反対方向に飛び退る。
 そこに爆音が鳴り響く。

「片手に生首、片手に女抱えて、どこまでできますかな? 伊賀瀬さんよ」
「ふふ……」

 お互い口には微笑をたたえながら霊符を印を応酬する。
 伊賀瀬は地面にグネヴィアを置くと、再び霊符に黒い球体を発現させて芦
屋に放つ。

 「バン・ウン・タラク・キリク・アク」

 芦屋は星の形に印を刻み、それを球体に向けて差し出す。
 すると、球体は星に触れて霧散する。

「ち、金剛界五如来の印か……」

「悪いが、あんたにその首を持ち出されるのも困る。それを持っていけば、
 鬼切役からたんまり礼金ももらえるもんでしてね」

 伊賀瀬はグネヴィアの元に近寄り、それを持ち上げると、洞窟内に歪み
を発生させた。

「……貴方を始末できないのは少々残念ですが……このままここで時間を
 浪費するのも汚行ですな……。ここは私の飼っているものに任せる事に
 しましょうか」

 そう言うと、伊賀瀬の後ろに発生した歪みの暗闇の中から、幾つもの光
る目が芦屋を睨み始めた。

「……さすがに分が悪いか……」

 そう呟く芦屋に向かい伊賀瀬は微笑すると、歪みの中へ消えようとする。
 そ、そこに、強烈な《かまいたち》が伊賀瀬に襲い掛かる。
 伊賀瀬が飛び退ったところにそれは通り過ぎ、歪みの中の鬼を何匹か斬
り裂いた。

「お、こりゃあ、渡りに船だ」

 芦屋が呟き、視線を向けた先に、麗人のような顔だちの男が音もなく入
ってきた。

「……鳳凰堂を管理するものの召集に応じて来てみれば……まさかこれほ
 どの騒ぎになっているとはな」
「……お前は……桃井春蔵……」

 鏡心明智流、桃井といえば、この西暦三千年の日本において、器使い屈
指の剣士として名が通っている人物だ。
 鬼切役幹部が自ら動けない時、彼等は桃井など、一部の優秀な鬼切役に
役目を引き継がせることがある。
 桃井も、そういった役目で京都を訪れていた。

「いやぁ、助かりましたぜ、桃井さん」

 芦屋が桃井に声をかける。

「さすがに君だけでは、あの者どもを退治する事は不可能であろうな。そ
 れに、新選組の面々や、あのガラハドまでが打ち倒されるほどの力を持
 つ者。私だけではどうしようもなかろう」
「へ、何いってるんですかい。助けに来てくれたんでしょ?」
「もちろん……助けに来たのは、私だけではない」
「……それは、一体……?」

 芦屋がそう言うと同時に、伊賀瀬の横の壁が吹き飛んだ。
 伊賀瀬が身構えたその先には、二人の男が立っていた。
 ……いや、一人はずっこけていた。
 尻を突き出し、顔面を地面に擦り付けて両腕は手前にバンザイ、という、
なんとも恥ずかしい格好である。

「待たせてすまない。まさか、伊賀瀬がこうも早くことを起こすとは思っ
 ていなかったものでな。しかし、ここまでやられるとは、酷いものだ」

 すっこけていない方の男が、桃井に向かって語りかける。

「あ……あたた……隠し通路って……卜部くん、これ、全然行き止まりじ
 ゃあないですか。まったく、なんでこん……あ、そこの貴方、今私を大
 バカだと思っているでしょう!」

 ずっこけてた方が立ち上がり、冷たい視線を向ける伊賀瀬に言う。

「元々、貴方を普通の男とは思っていませんよ、碓井(うすい)さん」

 伊賀瀬の言葉に、碓井は視線を厳しくする。

「まさか、頼光四天王の内の二人、卜部 季武(うらべすえたけ)と碓井
 貞光(うすいさだみつ)を呼ぶとは……さすがは桃井……といった所で
 すか」
「なに、そんなに特別なことではない。私のみならず、千葉や弥九郎でも
 同じ事ができる」

 山並は、激痛で動かない身体を必死で動かし、彼等に語りかける。

「皆さん……すみません、あの首を、大嶽丸の首を……」
「心配するな、山並。私達で、あの首を叩き斬る」

 桃井の言葉に、にやりと伊賀瀬が微笑する。

「できますかな? この娘の命と引き換えでも」
「戦利品ではなかったんですかい?」

 芦屋の言葉に、伊賀瀬が言う。

「まあ、戦況が戦況ですからね。利用させてもらうまでですよ。さあ、皆
 さん、私は行か……」

 言葉が終わる前に飛んで来た剣閃を一瞬の判断で伊賀瀬が躱す。
 その剣の持ち主は、卜部であった。

「……もともとお前達にさらわれた時点で命はないものと考えている。そ
 の娘には気の毒だが、これで伊賀瀬が倒せるのであれば、貴い犠牲であ
 ろう」
「まったく……セオリー通りに動かない方ですね。本当に殺しますよ」
「どうぞ、ご勝手に。貴様が殺す事に集中している間に、俺は貴様の首を、
 腕を、足を斬り飛ばす事ができる」
「ふ、恐いお方だ、卜部家の者は……」

 そこに、ガラハドが声を振り絞って叫ぶ。

「ま……まってくれ! その方は、アイルランドはギルナス家の令嬢……、
 アーサー殿下の婚約者にあたられる方……どうか……!」
「そんなことは分かっている」

 そういけしゃあしゃあと言い、卜部は剣をくり出す。

「まったく、あなたというお人は……」

 伊賀瀬も、片手に首、片手にグネヴィアを抱えて避けるのが精一杯だ。
 卜部が剣をくり出す度に、あたりの壁が衝撃で吹き飛ぶ。
 新選組の剣とは、攻撃力もなにもかも段違いだった。

「娘を放した方が闘いやすかろう、娘を置け、伊賀瀬」
「そうですね。でもこれは戦利品です」

 ぐったりしたグネヴィアは、この激戦でも目を覚まさない。
 そうしている間に、歪みから何匹もの鬼が這い出してきた。

「くっ、卜部君、ここはもう仕方がない! まずはこの鬼の始末をします
 よ!」
 
 鬼切役、頼光四天王の一人、碓井貞光が卜部に声をかける。

「ち……致し方無し」

 そう舌打ちする卜部に微笑を返しながら、伊賀瀬は首とグネヴィアを抱
えて歪みの中へと消えていった。
 鬼は、桃井、芦屋、碓井、卜部達によってなぎ倒されていく。
 鬼を始末し終えた新選組七番隊も加わり、戦況は完全に鬼切役と新選組
の勝利であった……。
 ……だが……

「くそおおおおおおおっ!!!!」

 腹の底からの叫びが、ガラハドの口からは発せられるのであった。





「そうか……グネヴィアが……」

 ミハイルは、受けた報告に、瞳を閉じて黙り込んでしまう。

「殿下……これはもう一刻の有余もありません。鬼切役や柊君を待つまで
 もなく、我らで攻め込みましょう」

 そのガウェイン言葉に、ミハイルは静かに言う。

「いや、その心配はないよ」
「殿下!」
「ケイという人物は、大変歪んだ選民意識の持ち主だが、自らが認めた人物
 には、最大限敬意を表する男だよ。グネィアは僕と違って《選ばれた民》
 だ。伊賀瀬と言う者がどのような気持ちでネヴィを連れ去ったかは知らな
 いが、向こうにケイがいる以上、ある程度生命や身体への危険は回避でき
 るはずだ」
「しかし……」
「今は、動く訳にはいかない……まだ時が満ちてない……ごめん、もう少し
 待って……」
「……御意……殿下の仰られるがままに……」

 陰うつな雰囲気が漂う中、ミハイルは、ただ今は耐えるしかなかった。
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「そうか……山南と島田がやられたか……」
 
 新選組局長、近藤 勇は、そう呟く。
 新選組の宿泊する旅館の一室でも、報告はなされていた。

「桃井様や碓井様、卜部様が駆け付けてくださったおかげで、民間人への
 被害は最小限に抑えられたものの、大嶽丸の首は持ち去られてしまって
 います。さらには、シヴァリースの要人である、ギルナス王家の姫様も
 攫われてしまいました」

 山崎の言葉を、ただ黙って聞く近藤。

「これはまずい事になりました。このままでは、日本とアイルランドに重
 大な亀裂を産む事になりかねません。今まで友好的な関係を維持してき
 た事も考え、すぐにでも救出に向かうべきかと思います」

 その言葉に、土方が答える。

「いや、それはもう少し待った方がいい」
「何故ですか、副長」
「当のシヴァリースの騎士が、さっぱり動きを見せてねえじゃねえか。こ
 の状態で俺達が先走って動く訳にもいかねえさ」
「……それはそうですが……」
「もし、動くような事があれば、まずは俺達に何か連絡があるはず。今の
 所、白い家とやらも静かで、鬼の動きもない。さらには、明日夕方には
 特殊部隊が天水村へと突入してくる。それを考えると、分かるだろ?」

 近藤がその先を続ける。

「動きを起こすのはシヴァリースと同時だ。そして、行動日時は明日夕方。
 まずは我々で鬼や特殊部隊との連係を断つ」
「了解しました」

 山崎は一礼すると、その場を後にした。
 
「ふう……大嶽丸の首が奪われたか……これは一筋縄ではいかんぞ、歳」
「わかってるさ」

 二人は静かに応えあった。
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 グネヴィアはとある一室で目を覚ました。
 そこは綺麗に整った部屋であり、ベッドのシーツにはしみ一つなく、
調度品もなかなかセンスの良いものを使っているようだ。
 空調もしっかりしているらしく、淀んではいない。

「なに……ここどこ? 私助かったのかしら?」

 そう言ってきょろきょろと辺りを見回す。
 そして、一つの頑丈な鉄の扉を見つけ、それと同時に、一人の男が部屋
の中に入って来た。
 その白い鎧とローブに身を包んだ姿を見て、グネヴィアの顔が引きつる。

「…………ケイ…………!」

 ケイはグネヴィアの呟きを聞き、その場で一礼した。

「お久しぶりでございます、姫君。御会いできて光栄に存じます。貴女様
 の身の安全は、私が責任を持って負いまするので、御安心ください」
「あたしは全然嬉しくないわよ。さっさと私をアーサーの元に戻しなさい!」

 ケイは、その言葉に微笑すると、言葉を続ける。

「相変わらず勝ち気なお方だ。だが、我々としても、新時代到来の暁には、
 貴女様が必要なのです」
「……なによそれ」
「貴女様には、我らが新しい王朝の盟主となって頂く。ギルナス家の威光
 をもって、我らの繁栄を手助けして頂きます」
「そんなことできる訳ないでしょ! さっさと帰してよ!」
「そのような勝ち気な態度も、アーサー殿下の死とともに薄れゆくことで
 しょう。まあ、ご覧ください」

 ケイはそう言うと再び一礼し、グネヴィアの元から去っていった。

「……まいったなぁ、もう……」

 グネヴィアはそういって、再びきょろきょろと辺りを見渡す。

「脱出は、なかなか難しいかなぁ……どうせ監視カメラもあるだろーし」

 そう呟き、再びベットに体を預ける。

「少し頼り無いヒーロだけど……彼が登場するまで、お姫さまでいようかな」

 そう言って、グネヴィアは再び目を閉じた。



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