『18』


 「早くしろ! もたもたするな! 救護班を早くよこせ!」

 怒号があたりにこだまする。
 ここは、新選組の本拠地の前川邸。
 鬼との戦いで傷付いた隊士達が次々と運び込まれてくる。
 その中には、総長の山南、そしてシヴァリースのガラハドも、ぐったりした
状態で運び込まれた。
 巨漢と怪力を誇った島田も、完全に意識を失ったまま、大勢の人間に抱えら
れながら、前川邸の中へと入っていく。

「まだいるのか! まさか、ここまでやられるとは……」

 救護班の班長を勤めている男が、思わず声をあげた。

 山南と島田、ガラハドが地下で伊賀瀬と戦っている間、新選組も地上で数多
くの鬼と戦っていた訳だが、完全に無傷とは言い難かった。
 頼光四天王や桃井が彼等の元へと駆け付けた時、彼等は多勢に無勢、かなり
圧された状況で燃え上がる平等院鳳凰堂へと追いやられていたのだ。
 鬼というものは、確かに器使いによって倒される。
 だが、器使いとて、ただの人でしかない。
 大勢によって囲まれれば、ひとたまりもないのだ。
 新選組は、将来性のある若者で占められるが、歴戦の猛者はまだまだ少ない。
 加えて、近藤、土方、沖田、長倉、斉藤、藤堂、左之助といった、いるだけ
でも強烈な面々は、統べて天水村である。
 
 戦力が足りなかったのである。

「伊賀瀬とその戦力を読み違えた」

 後に参謀の伊東甲子太郎と総長の山南が口を揃えて言った。
 新選組は、鬼切役と並ぶ、日本では屈指の集団である。
 しかし、彼等が組織的に動けるようになるには、まだまだ優秀なスタッフが
足りないのだ。
 鬼切役が……今回誠達が天水村へと向かう時も、そして撚光が何かを調べあ
げる時も、数多くの一般人スタッフがバックアップ、サポートを行ってくれて
いる。
 だが、新選組は、鬼切役と袂を分かった時にそれらのサポートの準備を完全
に行わなかった事により、裏での準備やサポートは十分に行われないままに出
撃という事態がかなりあったのだ。
 探索も、完全に山崎とその周辺数人に丸投げし、鬼切役と連係を取らざるを
得ないという状況が続いていた。
 今回の事があり、新選組はそれらサポートに携わる部分の人的強化を図り、
より組織的に動けるように新選組の周りを修繕していく事になるのだが、多く
の被害を出した上に、来賓とも言えるグネヴィア姫を攫われるという大恥をか
く事になったこの事態は、新選組にとっては、大変大きな授業料と言えた。

「しかしまあ、ここまでやられているとは……驚きですなぁ」

 よれよれのスーツの襟を直しながら、芦屋は一人の隊士を運び終えて前川邸
の塀の裏へと歩んでいく。

「……これでよかったんですかねえ? 私はちと失敗だったんじゃないかと思
 うんですがね……」

 塀の影で、誰もいないその場所に声をかける。
 日は沈みかかっている時刻である。
 夕日の赤が、芦屋の瞳の中で光る。

「……今回の対応は、全て私達の失策です。まさか、伊賀瀬がここまで強いと
 は思いませんでしたし、それに主力を欠いているとはいえ、ここまで新選組
 が負けるとは思ってもみませんでしたから……」
「紅葉四天が、それだけ強かったって事ですな……奴等に隙はない……」

 ちらりと芦屋がその声のした方向に目を向けると、長髪の若者が、前川邸の
塀にもたれ掛かって腕を組んでいた。

「……これからは、やっかいな事になりますぜ。手回しの方は、しっかりと済
 んでいるんですかい?」
「それは滞りなく。既に、《あちら》も動き始めているようです。大嶽丸が復
 活するには、まだまだ時間がかかるはず。明日の夜……それまでになんとか
 決着をつけなければなりません」
「決着ねえ……今回と同じような事になったら、それこそ見てられませんぜ、
 旦那」
「そうなった時は……人類の終わりでしょう。大嶽丸という鬼神に呼応して、
 アスモデウスやシュウといった神が復活を次々と遂げる……。そして滅亡第
 一号が、日本国……という事になるのです」

 ちらりと芦屋が目を向けると、長髪の若者も芦屋を見る。

「鬼切役が負けないように、私も少しは苦労しないといかん訳ですな」
「お願いします。私はまだまだこの場を動けない」
「へえ、何かあるんですかい?」
「……日輪機の封印を、一部解除します」
「……へ?」

 芦屋は目を丸くした。

「正気ですかい。あれぁ動ける状態じゃなかったはずですがね」
「一部……と言ったはずです。二番機、十番機が、ほぼ100%の状態で動く事
 ができるまでに《回復》しました」
「……ナノマシンによる自己回復能力か……凄まじいものだな……」
「あとは、《彼等》が本気で日輪機を望むだけです。それで、あれは『降りて
 くる』。世界最強が神秘と手を組んだ事で生まれた最悪が、彼等の希望をか
 なえるために……」

 ふー……と、長くため息をつき、芦屋は口を開く。

「……それだけ追い詰められてるって事か……天水村で踏ん張ってる奴らが
 少々気の毒にも思えますな」
「小さな村でのいざこざ……そう思っているのは、実際に戦場に出た事もない
 政治屋や役人だけ……彼等がごちゃごちゃと口出しして邪魔になる前に、日
 輪機の封印を解除し、鬼切役が官軍として動く事を許可してもらわねばなり
 ませんし、私もまだまだ休めませんよ」
「謁見も待ってるんですかい」
「事後承諾、という形ですが……陛下に謁見するのも久しぶりです」
「菊の紋章をかかげて戦うのは、4年前の富士山麓決戦以来になりますなぁ」
「相手が鬼だけでなく、特殊部隊まででばって来る以上、そして、シヴァリー
 スがヴァチカンの大義を掲げて戦う以上、彼等……鬼切役にも正義と大義が
 必要。……まあ、この戦いに政治屋が今さら反論する事はないでしょうが」

 そこまで言うと、若者は姿勢を正し、去っていく。

「じゃあ私は、一足先に天水村へと行ますぜ」

 若者はちらりと芦屋を見ると、軽く会釈をして口を開く。

「お願いします。我が友、芦屋道満」
「任されましたぜ、陰陽寮、安倍清明総裁」

 若者を見送って、芦屋は頬をかきながら呟く。

「……友……か。まあ、藤原氏の陰謀で殺されかかったご先祖様を助けても
 らってからの縁……こちらからしたら、恩人であるんですけどね……」

 芦屋はくるりと踵を返すと、再び呟く。

「歴史にすら介入し、人の人生すら変える安倍家……。何年経っても、あの血
 筋は強烈な才能を生み出すのか……」

 芦屋はそう言うと、喧噪の絶える事のない前川邸を後にした。

 陰陽寮の主人が姿を表に見せた事により、事態は急変していく。
 だが、それらの急激な変化を鬼切役がしっかりと確認したのは、全てが終
わってからであった。
 誰にも悟られずに、味方を良い方向へと導くスペシャリスト、陰陽師。
 彼等が、確実に鬼退治のために動き出した……。





「どこへ行こうと言うのだ! 君はまだ安静にしてなければだめだ!」

 救護班の班長が声を荒げて言う。
 その視線の先には、無理矢理にでも起き上がろうとするガラハドの姿があっ
た。

「このままでは……殿下に顔向けができない! 姫を攫われたまま、おめおめ
 と国に帰ったとあっては、末代までの恥! 頼む……行かせてくれ!!」

 救護班班長は眉間に皺を寄せて首を横に振る。

「確かに器使いは、一般人よりもさらに強力な回復能力を持っている。今の
 君も、既に傷は塞がりかけている。神様の御加護もあるのかもしれんが、
 それでも今の君を行かせる事はできん」
「なぜだ! 弱き者を助けて盾となり鉾となるのが、我らの使命のはず!」

 そこで、ガラハドはふと視線を落とした。

「僕は……もう負けたくないんだ……!」

「ガラハド君……」

 ガラハドのすぐ傍で、山南の声が聞こえてきた。

「今の君は、何かを急いでいるように感じる。何故そこまでして生き急ぐ?」

 ガラハドは山南に視線を返す。

「僕のナイトバンバーを知ってますか?」
「……NO.13……だね」
「そう……13とは、呪われた数字……裏切り者の数字……罪を背負った者の
 数字……それが、キリスト教社会では普通の価値観」

 ガラハドは、身近に立て掛けられた剣を握りしめて続ける。

「僕の祖先は、その場に……13番目の席に自ら腰を落ち着けた。そして、
 自分こそは聖杯を探す事ができる者だと宣言し、そして見事にそれを成し
 遂げた」

 ガラハドは、無理矢理に体を起こす。

「僕は、13番という呪われた数字を背負う者として、決して負ける訳には
 いかないんだ。僕が負けずに立っているだけで、騎士団の不安はぬぐい去る
 事ができる……」
「君は、そうやって自分を追い込まないと強さを維持していられないんだね」
 
 ガラハドは山南に視線を向ける。

「君は、弱い人間だ……いつまでも自分を追いつめて無理矢理に心を動かそう
 とする限り……君は伊賀瀬に……いや、鬼という存在には勝てない」
「なっ」

 かっと頭に血が登り、顔が赤くなるガラハド

「僕は弱くなんかない!」
「弱いさ……だって、ここに君はいるのだから」
「……」
「行くのは君の自由だ。僕は止めはしない。……だが、自分と言うものと真剣
 に、そして客観的に向き合う厳しさを持ち得ない者は、ただ死期を早めるだ
 けの憶病者にしかなれない……それを、よく覚えておいて欲しい……」

 そこまで言うと、山南は目を閉じた。

「さあ、体が動くなら行くと良い。……だが、決して死に急ぐような事はしな
 いでくれ……これは、共に戦った戦友の希望だと思ってくれ……」
「MR.ヤマナミ……」

 ガラハドは、ふらふらと前川邸を出ていく。

「……こ……こら! 待ちなさい!! 今の君は……」
「行かせてやってくれ」

 止めようとする救護班班長を、山南が制止する。

「や……山南さん……」
「彼は、ああいった生き方しかさせてもらえない場所に生きているんだ。僕達
 が止めた所で、彼はそれを振り切って、旅立っただろう」
「……しかし」
「彼を、そして彼を育てた白い騎士達を……そして彼が心から信望する王を信
 じよう」

 山南は、そこまで言うと、気を失った。
 班長は、ただ首を横に振ると、痛々し気にガラハドを見つめるだけだった。



←『17』に戻る。  
      『19』に進む。→
 
                                 
  

       小説のトップに戻る。↑