『１９』


　がんがんがんがんがん！！

「きゃー！」

　グネヴィアは、いきなり鳴り響いたドアを叩く音に、心底驚いて飛び起きた。

「ななななななななになになにー？」

　きょときょとと辺りを見渡していると、かちゃり、とドアの開く音がした。
　そこに現れたのは、一人の青い髪の毛をした小さな少女であった。
　少女は、じっとグネヴィアを見つめている。

「…………………………………………なに？」

　グネヴィアは、訝し気に少女を見る。

「……私は奈々美」
「………………あそ」
「……これ……ごはん」
「え？」

　奈々美は、ピラフと卵スープ、フランスパンが盛られたお盆を差し出した。

「ああ、ありがと」
「うん……」
「「………………………………………………………………………………」」

　話が続かない。

（に……苦手だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー！！）

　グネヴィアは、ベッドの布団を鷲掴みにして、ばたばたと悶える。

「何してるの？」
「何って……あんたが何か喋らないから、場の雰囲気悪くなってるの！」
「それで、布団と遊んでるの？」
「……うん、そう……って、そうじゃなくて」

　びしっ、と、左手でツッコミを入れる。

　そこに、もうひとつ気配が現れた。

「お、目が覚めたか。おはようさん、お姫さま。」

　肩の辺りまで伸びた栗色の髪の毛の男が、部屋の中に入ってきた。

「奈々美が何か迷惑になる事をしたみたいだな。すまん。俺が謝っておく。
　俺は御月　陽。そんでもって、こっちが奈々美だ。あ、これ、妙なもの
　は一切入ってないから」

　陽は、パンを少しちぎると、自分の口に運んでみせる。

「……まあいいわよ。ふーん、陽と奈々美か……。あんた達はマトモっぽ
　いわね」
「っぽい、って何だよ」
「だってー、ここって敵の本拠地っぽいじゃん。ケイみたいなのばっかり
　集まってるのかと思ったら、敵としてはヘンなのもいるのね」
「言ってくれるじゃねえか。ま、間違ってはいないがな。俺もあんな変態
　どもと一緒にされちゃ堪らねえよ」
「ま、そんな事はどうでもよくってさー……」

　グネヴィアはフランスパンにかじり付き、陽を見つめる。

「……出してくれない？」
「そりゃ無理だ」
「えーなんでよー」

　即答する陽。

「ここは、ナノマシンで出来た集合体だ。逃げようとしても、行動は逐一
　ボスに報告され、しかもボスはおそらく体の一部をナノマシンと結合さ
　せてるから、タイムラグなしで全てバレる」
「……むう」
「まあ、ここで大人しくしてるしかない、って訳さ」
「ふーん……あんた達も人質？」
「……まあ、良く似たもんかな。あんたよりは恵まれているが」

『えー、どのへんがー？』

　なにやら、どこかから声がする。

「……今、あんた喋った？」

　グネヴィアは、きょろきょろと辺りを見渡し、奈々美に問いかける。
　ふるふると、奈々美は首を横に振る。

「今、女の子の声したけど、まだ誰かいるの？」
「いや、まあ、いると言えば、いるかな……」
「歯切れ悪いわねー。さっさと紹介しなさいよ」
「……もう潮時か……」

『何が潮時よー。さっさと出しなさいよ、さっさと。ほれほれ』

　また声が聞こえる。

『ここって暗いのよねー。もーやになっちゃう。あーん、これ以上お肌
　が白くなったら、もう美白なんてしなくてい……』

　ぶち
　陽が何かのスイッチを切る音とともに、おしゃべりな声は聞こえなくな
った。

「何、それ？」
「あ、こら、やめろって」

　グネヴィアが陽に近付き、ごそごそと彼のコートのポケットをまさぐる。
　すると、そこに現れたのは、一つの小さな携帯端末。

「あーー、出してしまった……」

　陽がうなだれる中、グネヴィアの持つ携帯端末が、ひとりでにスイッチ
オンの状態になった。

「だーかーら！　勝手に切るなーーーー！！　およ、誰、キミ達は？」

　グネヴィアと奈々美が目を丸くする。
　携帯端末には、小さな画面が付いており、そこには、可愛らしいショート
カットの女の子がぶーたれていた。
　グネヴィアは、何だか珍獣でも発見したかのような目つきで、その女の子
をまじまじと見つめる。

「……女の子だ……」
「うむ、そうだよー」
「ねこ耳ついてる……」
「可愛いでしょ？」
「……金髪だ……」
「あんたもねー」
「……小っさ……！」
「あんたに言われたくないわよ」
「なんですってーー！」
「んにゃにゃにゃにゃにゃにゃーーーー！！」

　グネヴィアは、携帯端末を激しくシェイク。
　にゃにゃにゃにゃ、という声が携帯からは聞こえてくる。

「目……目が回るぅぅぅぅぅ……」

　そう言って、携帯の中の女の子は、ばたりと携帯の中で倒れ込んでしま
った。

「な……なんなのよ、これ」

　グネヴィアは、訳が分からないといった感じで、陽に携帯端末を返す。

「あー、これ、カレン」
「へ？　カレン？？　何、名前なの、それが」

　まだよく分かっていない。

「カレンっていうんだ、そいつ。実は、俺の長年のパートナーでもある、
　一応《連れ》だ」
「つ……連れって……これがぁ？　……あー、人工知能……」

　グネヴィアは、携帯の画面を再び見直して、少女を探す。

「うーん……あいてててて」

　少女は、画面の中でまだふらふらとしている。
　グネヴィアが良く見てみると、その画面の中は小さな部屋になっている
ようで、グネヴィアが振り回したからか、辺りが散らかっているように見
えた。

「もー、あんたが滅茶苦茶にブン回すから、お部屋がぐちゃぐちゃじゃな
　いのさ」
「あんたのその部屋、ある程度物理法則が通用するの？」
「んー、私が設定すればねー。あ、今は、設定してあ……きゃーー」

　グネヴィアが、携帯を陽から取り上げて画面を下にして置いてみた。
　
　どんがらがっしゃーーん！

　何かが色々と倒れる音がした。

「むふ♪」

　グネヴィアのいたずら心に火が付いた。

「やめーー伏せるな横にするな仰向けにするな逆さまにするなーーーー！！」

　がしゃがしゃごろごろと音がする。

「……やっかましい端末よね」
「誰のせいだ誰の！　普通に置けないのか、普通に！」

　はあはあ、とカレンは画面の中で息荒く言う。

「もーー、設定解除！　全く、とんだ大バカ娘に掴まっちゃったわよ」

　しゃかしゃかしゃかしゃかしゃか

「んにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーー！」

　設定解除しても、携帯シェイクは有効らしい。

「はい、もう十分楽しんだから返す」

　非道なお姫さまである。

「でさ、これって、何なわけ？　あんた、タダの人質じゃないわね」
「んーー……まあな」

　陽は、少し視線を泳がせて、曖昧に答える。

「今は、詳しくは話せない。……まあ、ここで話しても、知ってる人間が
　一人増えるだけだし、ここのボスは俺達の事は全てお見通しだが……
　ただ、今は必要以上に自分を曝け出すのは避けたい。俺達は、人質だか
　らな……」
「……んー、まあね」
「いいじゃん、言っちゃおうよー、みなさーん、私はぁーーーー、にちり」

　ぶち

　カレンが話し出した途端、容赦なくスイッチをブチ切る陽。

「だから切るなってば！」

　すぐにスイッチが付く。
　グネヴィア的には、見てるだけでも面白い。

「ま、あんたたちは敵には見えないわね。信用はしないけど、必要以上に
　警戒もしないわ」
「そうしてくれ」

　陽は、奈々美を連れると、グネヴィアの部屋を後にした。
　二人が部屋から出ると同時に、かちゃりと音がする。
　そうやら、外からしか開けられない構造らしい。

　あの娘も、実験の材料にでもする気か親父……それだけは……これ以上
罪のない人間を道具にするのは許さねえぞ。
　……だが……俺には力がない……せめて……せめてアレが動けば……

　陽は、今出てきた部屋をちらりと見、そして心の中で呟いた。


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