『24』


 人にとって、夢とはいかなるものなのか。
 ある人は思い出を再現するものだというだろう。
 ある人はただの幻覚であると言うかもしれない。
 実際の所、夢とは記憶の整理を脳が行う時に、様々な脳内にある情報が引き出され
整理される時に起こる現象なのだという。
 ある時に起こった出来事に、また違う場所であった出来事が脳内で関連づけられ、
そこにまた違った場所で起こった出来事が都合の良いような解釈を加えられて関連
づけられて、不思議な出来事を夢の中で体験すると言う訳だ。

 誠は岩戸の奥の暗闇に一人立ち、目の前に広がる光景を見つめていた。
 彼にとって、今目の前に見えているものは、果たして脳内が整理されている時に起
こるという、他愛もない幻想なのだろうか。
 彼の目の前には、まるでフラッシュバックのように暗闇の中に昔の記憶が写し出さ
れていた。
 巻き起こる凄まじい土埃の中で、いくつもの白刃がきらめき、多くの人々の姿が見
える。
 戦国時代の戦を真上から見たら、おそらくこんな風に見えるのだろうか。
 誠はぼんやりとそう考えていたが、とある人物達を見つけて視線を釘付けにした。
 懐かしい顔が見える。
 
「真田さん……武市さん……」

 そして誠は、もう一つ現れた顔を見て息を飲む。

「美月……!」
 
 彼等は、誠の目の前で微笑し、そして次の瞬間、血まみれで地面に倒れていた。
 誠は思わず目を逸らした。
 自分がもっと強ければ。
 もっと判断力に優れ、状況を把握する能力が高ければ……。
 いくつもの「if」が誠の頭の中に生まれては消えていった。

 米軍の戦術ヘリがふらふらと宙を舞い、味方を次々と虐殺していく。
 鬼と、そして仲間の断末魔の悲鳴がいくつも重なりあい、まるでそこは地獄絵
図の様相を呈していた。

「目を逸らすな、柊 誠」

 そこからか、あの男の声が聞こえてきた。

「なぜだ! なぜこんなものを俺に見せる!」

 誠は自分でも驚く程の大声で訴えていた。
 それは、この出来事が、彼にとって弱さであり、急所である事を如実に物語っ
ていた。
 
「お前が戦争に赴くだけの資格がないからだ」
「……なんだって? どう言う事だ!」
 
 誠は見えない存在に向かって、暗闇に叫んだ。

「お前は逃げた。仲間を失うことで、己の責任も使命も放り出して、悲しみに身
 を委ねて殺戮をくり返した。お前が殺した米兵と、どれだけの差があるという
 のだ?」
「……それは……」
「彼等米兵にも家族があった。愛する恋人がいた。信頼する仲間がいた。お前と
 同じだ。お前と同じように我を失い、そして殺戮に逃げた。お前はそんな彼等
 を殺した。……悲しい殺しの連鎖だな」
「……」

 誠は押し黙った。
 分かっていたが、無意識に考えようとしなかった事。

 怒りと憎しみに心を支配されながら、半狂乱で仲間を殺したのだ。

 我を失い仲間を何人も殺す行為を行ったものは間違いなく軍法会議にかけられ
るのだが、それも正常な良心があってのことであり、完全に狂ってしまっていた
場合はどうなるのだろうか。
 本来このような事は軍隊では起こってはならない異常事態だ。
 このような事を防ぐため、各国の軍隊は大変厳しい教育カリキュラムをこなし、
愛国心と、正義、大義についての思想を徹底的にたたきこまれる。
 誠は、確かに多くの仲間を殺した。
 だが、米軍はさらにその何倍もの味方を殺し、そしてアメリカの地位と誇りを
徹底的に地べたにたたき落とした。
 米軍は、誠の行動に対しては不問としている。
 誠が《裏切り者》から数多くの仲間を救った救世主であるとして、祭り上げた。
 必要以上に自軍の敗北を曝け出したくないという思いもあったのだろう。
 誠は《勇者》として称えられ、《鬼切り》として恐れられた。
 しかし誠は思い知らされる。
 自分が人を殺してしまった事。
 彼等も、自分と同じであったと言う事。

 誠が視線を落とした時、誠の視界が切り替わる。

 そこは海の遥か上。
 誠は、ガラスの板の上に立ったような形で、真下に海を見下ろしていた。
 米軍の誇る巨大空母が関東近海に鎮座し、戦闘機が数珠なりに発進していく。
 そして発進して数分後、空で小型花火のように爆発をくり返した。

 多くの人が死んでいく。

 誠は、眼下に広がる光景を食い入るように見つめた。





 空母。
 この言葉を聞くと、たいていの人間は米海軍を思い出す。 
 この空母、単に航空機を搭載できる能力があれば空母と呼べるわけではない。
 その定義は「固定翼機を搭載し飛行甲板を有し、ここから飛行機の自力、また
はカタパルトで射出して発艦、着陸させる事が出来る艦種」である。
 つまり、航空機を射出できても、水上に着水した機を回収したり、ヘリしか積
めない場合は空母とは呼ばないのだ。
 
 この空母が、多数の戦闘機を艦載して関東近海に展開していた。
 また戦術航空巡洋艦も多数展開されており、こちらは強烈な攻撃を空に向かっ
て行っていた。
 戦術航空巡洋艦とは、旧ソビエト連邦が開発したもので、空母の甲板に巡洋艦
がセットされているもののようだ。 
 巡洋艦は、快速を活かして索敵や警戒を行い、戦隊の司令部を置いたり、いざ
戦闘になれば駆逐艦を従えて真っ先に切り込んで行くもので、自衛隊のもつイー
ジス艦も役割は違えども同じものだ。
 簡単にいえば、戦術航空巡洋艦とは空母級の巨大さを持つイージス艦だ。
 戦闘機を艦載するスペース全てを攻撃砲台に回しているのだから、その攻撃力
は凄まじいものがある。
 ミサイル開発が発達するにつれて、戦艦同士の戦闘は少なくなり、二十世紀に
はこの戦術航空巡洋艦も使い物にならなくなり退役することとなるのだが、鬼の
いるこの時代、器を開発し応用した兵器を搭載して復活、出撃する事となる。
 だが、器の力は人間に触れていないと急激に失われるために長距離射撃はほと
んど望めず、特効突撃零距離射撃航空巡洋艦と別名で呼ばれるほど、とてつもな
い戦艦になっていた。

 普通の兵器が全く通用しないというのが軍隊にまだ十分常識として行き届いて
いない四年前、軍隊と言われる集団は痛々しいほどの損害を出しながら、それで
も戦い続けていたのである。

「デビルの数が減りません! 次々と富士方面から……来ます! 第二陣!」
「エンタープライズ爆散! ホーネット、アーガス、サイレン、共に燃料弾薬あ
 りません! だめだ! ホーネット轟沈! 千葉方面に展開中のアデプト艦隊、
 撤退を始めました!」

 ここは、アメリカ海軍の誇る空母、《U.S.A》。
 アメリカの名を冠した、最強の巨大空母である。
 その両翼には、これまた巨大な戦術航空巡洋艦が配置され、圧倒的な戦力を
誇示していた……はずであった。
 この艦橋では、蜂の巣を突ついたような騒然とした雰囲気と、叫び声に似た
報告の声が飛び交っていた。

「……アデプト艦隊までもがやられたか……まさか……これほどとは……」

 U.S.Aの館長、アドルフ・E・グリーン大将は苦虫を噛み潰したような表情で
戦況を見つめていた。
 彼の眼前には巨大なモニターが設置され、そこに青い光点と赤い光点が点滅
している。
 そして、彼の見つめるモニターでは、その青い点が次々と消え、そして新た
に赤い点が増え続けている。
 
「デビルどもの戦力は、上層部の思惑を遥かに凌駕するものだった。ただ戦力
 を誇示して圧力を示せばどうにかなったひと昔前とは違う。思想、宗教の壁
 を超えて、人々は今こそ一体となり戦わねばならぬのに……」

 大将は目を伏せながらそう呟く。
 その間にも爆発音や通信手の叫び声が艦橋に響き渡る。

「アデプト、応答せよ! ……アデプト、轟沈しました……!」
「アーガス、サイレン、残存部隊が撤収します! この二つの艦隊も再編成を
 望んでいます!」
「インディペンデンスの物資をできる限り渡してやれ。アーガスはサイレンに
 吸収、再編した後に再び東京湾方面に展開させろ」
「了解!」
「艦長!」
「なんだ!」
「エンタープライズが救援を求めています! もうあちらも戦力は残っていま
 せん!」

 艦長は歯噛みして報告を聞いている。

「むどこも余裕はない! 必要以上に応戦する事はさけて下がらせろ! エン
 タープライズもサイレンに吸収させ……」
「エンタープライズ……爆散!」
「……くっ……」

 絞り出すような声とともに大将に報告する通信手。
 モニターには、黒い肌に巨大な翼を持つ、後に日本で有翼種と呼ばれる鬼が
次々と彼等に向かって飛来してきていた。
 大きさは、およそ二メートルから三メートル。
 戦闘機ほどの大きさを持つものもおり、彼等は音速を超える戦闘機にいとも
簡単に肉迫し、その強化ガラスを撃ち破り、操縦者の悲鳴も一緒に、頭からか
ぶりついていた。
 空母からは無数の戦闘機が飛び去っていったが、そのほとんどは帰還する事
もなく、悲鳴を末期の言葉として残し消えていった。

「アメリカは……どこで何を間違えたというのだ……最強なのではなかったか、
 U.S.Aという国家は……」

 悔しさに大将が壁に拳を叩き付けた瞬間、通信手が悲鳴にも似た大きな声で
報告をする。

「艦長! U.S.Aのマザーブレインにネットワークエラー確認! マザーが…
 …マザーが攻撃をうけています!」
「なんだと!! バカな!! あの鬼どもにそのような知恵があるなどと……」
「パラダイム汚染止まりません! 第一、第二、侵入を許しました! ただ今
 第三シナプス回路に隔壁を構築中……だめです! 突破されます!」

 その瞬間、空母U.S.Aが激しく揺れ、けたたましくサイレンが鳴り響く。

「こちら消化作業班! 第七格納庫で火災発生! 備蓄弾薬に引火した模様で
 す!」
「通路遮断! 隔壁を下ろせ! 作業班の撤収完了後、格納庫ごとパージしろ!
 急げ!!」
「りょうか……ぐわぁっ!!」

 爆音と共に作業班の声がかき消され、後にはノイズ音のみが残る。

「こちら戦術航空巡洋艦、エイブラハム・リンカーン! U.S.A! 応答せよ!」
「こちら空母U.S.A。どうした!」
「ブレインがウィルスの侵入を許した! 砲台が賊の手に落ちた! これより
 当艦は宣戦離脱、乗員脱出の後自爆させる!」
「バカな……あのエイブラハム・リンカーンまでもが……」

 通信は途中で途切れる。
 そしてその瞬間、エイブラハム・リンカーンの砲台が一斉にU.S.Aを捕らえ
た。
 背筋に凍り付くような悪寒を感じ、大将は身を固まらせる。
 その瞬間、砲台が一斉に火を吹いた。

 強烈な爆発音がU.S.Aを包み込み、船体が激しく揺さぶられる。
 艦橋内にも大きな衝撃が走り、爆風と黒煙、そして悲鳴が大将の耳に響いた。
 かのリンカーンが、この光景を目にしていたら、何と言ったであろうか。
 自分の名を冠した船が、U.S.Aを木っ端微塵に粉砕しているのである。
 
 アメリカ合衆国は、ひとつ大きな勘違いをしていた。過ちといってもいい。
 それは、鬼というものの頭が悪く、知識と知恵では人間の方がはるかに上だ
と思い込んでいた点である。
 実際には鬼……アメリカではデーモンと呼ばれる彼等の知性は、人間の造り
あげたしすてむなど軽く凌駕してしまうものを持っていた。
 それは衝撃でもあり、だが全ての人間が想像し、考えないようにしていた事
柄でもあった。
 システムネットワークやテクノロジーですら遅れをとってしまっては、もは
や人間の敗北と絶滅は、回避不能なまでに追い込まれてしまうからである。

 アドルフ・E・グリーン大将は瓦礫と化した艦橋から、空を見上げていた。
 自らの腹には鉄板が突き刺さり、流血は留まる事を知らずに流れ続ける。
 激痛に顔を歪めながらなんとか腰を浮かし辺りを見渡すと、何人かのクルー
が瓦礫の中から起き上がっていた。
 彼等もまた大将と同じような状態であった。
 
「……何人生き残った……」
「……艦橋では、我々のみです。もしかしたら、他にも生き残りはいるかもし
 れませんが……」

 ずずん……

 何か巨大なものが海に落ちてきたような衝撃。
 生き残った者達がそちらの方角を恐る恐る見ると、そこには全長二十メート
ルを超えるかという巨大な人型の《何か》が、瓦礫と化した彼等の船の前で浮
かんでいた。

「Akurooh……」

 悪路王。
 大将の口から出たのは、そのものの名前であった。
 水無月 撚光から、決して手を出すなと釘をさされた化け物。
 《白い機神》でなければ決して倒せないと言われ、出会った時は、恥も外聞
も捨てて逃げろと言われた存在である。
 それが、息も絶え絶えの彼等の前に現れたのだ。
 まるで、止めをさそうとするかのように。

「か……艦長……」
「もはや……ここまでか……」

 アドルフ・E・グリーン大将は覚悟を決めたか、動かない体を無理矢理動か
すとマイクをとった。

「これは……まだ生きているかね……」
「分かりません……ですが、放送システムは攻撃システムからは独立したもの
 になっていますし、艦内のスピーカーが生きていれば、声は届くはずです。」
「そうか……」

 彼はマイクを握りしめて一息つくと、声を振り絞るように語りはじめた。
 誇りある、自分の仲間に対して。



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