『31』

 猛スピードで迫る気配を八面鬼は正面から見据え、そしてニヤリと微少
すると、鬼達に向かって叫んだ。

「奴を食らってしまえ!」

 その言葉に呼応し、漆黒の闇より群れをなし鬼が誠に襲い掛かる。
 だが、誠の太刀さばきは、数多くの鬼を圧倒するものであった。
 右から襲い掛かる鬼を腰を捻りながらの居合いの一閃で一刀両断し、左
から襲い掛かる鬼の胸に、かえす刀で強烈な一撃を見舞い大穴を開ける。
 目前に迫る濁った色の鬼の爪を紙一重で躱し、しゃがんだ体制で刀を横
に薙ぐと鬼の足が飛ばされて雄叫びがあがる。
 屈んだ体制からバックステップで一度鬼の群れから離れ、着地と同時に
再び跳ねるかのように鬼に突進し、足を切り落とした鬼もろとも、向かっ
て来た複数の鬼を、まとめて薙いで灰にした。
 鬼は本来存在できない世界で命の灯火をなくした時、存在理由を失い灰
となって消える。
 いくつもの灰になった鬼のからだが風に巻き上げられるその中に、誠の
姿が浮かび上がる。
 その瞳は、真直ぐに八面鬼を捉えていた。
 
「……まさか、これがあの柊 誠か? その技……実力……素晴らしい」

 苦笑いしながら呟いた八面鬼であったが、その頬には冷や汗が流れてい
る。
 
「いけ! 柊 誠を殺せ!」

 その言葉を発した瞬間、いくつもの木の根が八面鬼の足下に突き刺さっ
た。

「本当は当てたいんですけれど……誠様に華を持たせてあげようと思いま
 して」
「お……おのれ小娘……うおっ」

 八面鬼が歯を噛み鳴らしたその時、八面鬼の周囲の鬼が爆散した。

「ほほーい、良く見えるーねらい撃ちぃ」

 水波が放った札が、八面鬼の周りの鬼を消し去ったのだ。
 八面鬼の戦力がどんどん削がれていく中、武と美姫も次々と鬼を消し去
っていく。
 八面鬼という物まね師がいなければ、鬼は彼等にとってはただの獲物で
しかない。
 美姫に襲い掛かって来た鬼の腕を、彼女は片手で掴んで抑えてしまった。

「お前……私が誰だか知らんのか?」

 美姫が掴んだ手に力を入れると、ミサイルにもビクともしない鬼の腕が
めきめきと音をたててきしんだ。
 
「私は、お前達の主人にあたる者だぞ」

 美姫がさらに力を入れると鬼の腕は握りつぶされ、片腕をなくした鬼が
悲鳴のような鳴き声でのたうちまわる。
 鬼の腕は急速に灰となっていく。
 美姫はそれを掌から滑り落としながら、ふと思う。

(私も、ここで死ねばこうなるのだな)

 ふとした瞬間に生まれた隙を、残りの鬼が逃す訳もなく、美姫がはっと
思った瞬間に、鬼の爪が美姫へと向かってくり出される。
 美姫の体に爪が吸い込まれると思った瞬間、その鬼の胴体が一瞬で寸断
され、下半身から離れた上半身は、ぐるぐると回転しながら灰となって消
えた。

「美姫、思うのは後だ。今は、ここから鬼を一層するぞ」

 美姫に微笑しながら言う武に、美姫も優しく微笑みかけた。

「……すまぬ。くだらない事を考えていた。このような思いは、お前と出会
 った8年も前に捨てたはずであったのにな」
「今の俺達にできる事は、これから生まれるであろう鬼切りを、正しく導い
 てやることだ。俺とお前がいれば、いずれこの長い針の道も消える」
「……ああ……あのような思いはもうしたくはない。忘れる所だった」
「と、いう事で……」

 武は抜いた刀を無造作に横に薙ぐ。
 すると、10体はいたであろう鬼が、一瞬で灰となって消え去った。
 武の刀には、その刀身から溢れ出す猛烈な器の白い光が、オーラとなって
取り囲んでいた。

「な……」

 八面鬼がそれを見て唸る。

「八面鬼といったか……お前……俺を弱いと思っていないか?」

 八面鬼は、光基神社で武と戦った時の事を思い出した。
 武は、余裕で八面鬼の剣筋を読み、その攻撃を躱していた。
 
「天と竜と言われしわれらの力、見くびってもらっては困る」

 美姫は札を人さし指と中指で摘むと何やら唱え出す。
 そしてその札を持った腕を縦に振ると、近くの鬼の体が、まるで鋭い刃
物で斬られたかのようにまっ二つになり、灰となる。

「おおー、すごいすごいー! 私もやりたい!」
「また後でな。というか、落ちるなよ水波」

 水波はずり落ちそうになり、細い枝に引っ掛けられるような形で、元い
た位置へと戻される。
 八面鬼がはたと気が付いて左右を見ると、前鬼と後鬼が八面鬼を挟んで
向かい合っていた。
 
「く……いつのまに……」

 焦る八面鬼を睨み付けて、前鬼と後鬼が口を開く。

「我らを誰だと思っている? 過去数千年に渡り、我と呼びし者と供に鬼
 と戦って来た者ぞ」
「役の行者より数千年、再び従うのがあのような娘である事が、どうも私
 には理解しがたいのですがね」

 後鬼はそう言うと、ちらりと水波を見る。
 水波はその視線に気が付いたものの、その視線の意味が分らず、とりあ
えず手を振ってみた。
 それに対して、ひとつため息をつく後鬼。

「さて……柊 誠」

 美姫が誠に語りかける。

「八面鬼との決着は、お前に任せた。つい先日……その者はお前の技を真
 似たそうだな」

 誠はこくりと頷く。

「ならば、戦って勝ってみせよ。過去の亡霊を倒してみせよ」

 美姫が言い、誠が八面鬼に向き合った瞬間、彼等の周りを、槍が突き刺
さるかのように、咲耶の放った枝葉が被っていく。

「邪魔なやつはぜーんぶやっつけるもん」

 水波の札が次々と鬼を灰に変えていく。
 八面鬼の放った鬼は、その殆どが消え去っていた。

「八面鬼、と言ったか?」

 誠が八面鬼に語りかける。

「このまま去る気など、ないんだろうな」
「ここで生き恥をさらして帰ったところで何になる。鷲王様の事もある。
 お前が誰よりも一番危険な人物のようだな……貴様を殺せば、全ては
 それで終わりだ」

 八面鬼は刀を抜くと、雄叫びをあげた。
 その声は大気をゆるがすかのようだったが、誠はそれに動じる事なく
見つめるだけだ。
 そして、一瞬の静寂が訪れた後、誠と八面鬼の刀が乾いた音をたてて
打ち合った。
 そしてそのコンマ数秒の後、八面鬼の肩口から脇腹にかけて皮膚が裂
け、赤い血が吹き出す。
 八面鬼はよろめきながら、信じられないといった表情で誠を見る。
 その目は、驚愕に見開かれている。

「ば…馬鹿な……貴様と俺の実力は……同じのはず……!」

 誠は刀を右手に持ち、だらりと下に下げ、改めて八面鬼を睨み付けた。


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「精一郎さん」

 道場で黙想する精一郎に、卜部が声をかけた。

「黙想中、すみませんね。ただ、全てが終わった御報告にあがりましたよ」

 精一郎は黙想をやめ、道場の入り口にもたれ掛かっている卜部に向き合
う。

「誠は、無事に戻って来ましたか」
「武君は、もし息子さんが闇に飲まれたら、自分が責任をもって倒す、な
 んって言っていたくらいでしたが、やれやれ、悲劇だけは避けられまし
 たな」
「しかし……」

 精一郎は、ふとある方角を見て呟く。

「まだ、大切な戦いが残っているみたいですね」

 卜部はふっと微笑すると、精一郎と同じ方角を見る。

「大丈夫ですよ。彼は昔の自分には負けたりしません」
 
 精一郎は、卜部を見ながら、微笑して言った。

「ええ、そうですね」


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 八面鬼は息を切らして誠を見る。
 今の技はなんだ? 一体どうやって斬り付けてきた? あの技を躱すの
にはどの技で対応すればよい?
 彼の思考は休む事なく回転しているが、一向に答えが出て来ない。

「相手の技を完璧に盗んで、そしてそれを鏡のようにくり返す事で相手の
 疲労を誘い、一瞬の隙をつく……」

 誠は静かに八面鬼に近付く。

「相手の技は一度見れば全て覚えているから、相手の技を全て知り尽くせ
 ば、あとはそれに応じた他人の別の技ならいくらでも知っている……相
 手は真似られる焦りと動揺、そして簡単に真似られる事による自信喪失
 の隙を作り続け、そして、そこに一撃を叩き込む……という訳か」

 八面鬼は、致命的な一撃を叩き付けられながらも、なんとか構えを作る。

「だが……同じ相手と何度も戦うという事はなかったみたいだな」
「黙れ!」

 八面鬼は声を荒げる。

「貴様の今の技は覚えたぞ。技のタイミング、軌跡、クセ、攻撃力……全
 ては俺の頭の中だ!」

 誠はさして驚く事もなく言う。

「それがどうかしたか?」

 言うが早いか、誠の体は八面鬼に接近する。
 八面鬼は、先程と同じように刀を打ち合い、そして先ほどの動きを真似
る。
 しかしその瞬間、八面鬼の体は後方へと吹っ飛ばされた。
 体ごと体当たりされた衝撃に、八面鬼は片膝をつく。

「ば……ばか……な」

 誠は再びリラックスするかのように刀を下段に、片手で構え、そして言う。

「その技の躱し方なら、もう知ってる」
「な……」

 八面鬼は、驚愕の次に、絶望に似た表情で誠を再び見る。
 
「さあ、しっかり真似てくれよ。お前がくり出す技の躱し方全ては、俺の頭
 に入っている」

 誠はそう言うと、眼光鋭く八面鬼を睨み付けた。

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