第六章 〜『カコ』と『イマ』と鬼切と〜

『1』

 柊 誠が、我が家に帰った同時刻、天水村手前の林道。

「お前、なんやねん、その背中に背負った大荷物は」

 渡辺 綱が、訝し気に、鼎の背中に背負われている物体をじろじろと見る。

「あ、これですか〜?」

 今まで御津御 麗子の後ろに追いやられていた彼が、一変して、明るく渡
辺の方へと駆け寄ってくる。
 そして、手際よく、背中から薄いノートパソコンを取り出す。

「よくぞ聞いてくれました。これはですね、最新式のパソコンでして、今ま
 での常識をはるかに超えるスペックなんですよ! でね、クロック数は、
 ゆうに1テラを超え、人間の思考速度に限り無く近く、んでもって、内臓
 されている容量はんと……って、あれ? 置いていかないでくださいよ〜」

 慌てて、先を行く渡辺と御津御を追い掛ける鼎。

「はあ、聞くんじゃなかった……なんや、あいつ、パソオタクかいな」

 渡辺が、ため息をつきながら、御津御に問いかける。

「そうね、あれはあれで、使い道があるのよ」
「へえ、どんな?」
「そうねえ、トラップ解除や、パスワード解除、セキュリティの突破に防衛
 システムの無効化、ネットステルスの展開に、どんな場所へも潜りこめる
 ハッキングシステムの構築……」
「……犯罪やん……それ……」

 御津御は、その渡辺の言葉にムっとしながら反論する。

「何言ってるの。ムカつくヤツをヘコますのには、とことんまで追い詰めて
 ボコボコにしないと意味が無いのよ」
「……でもヤらされるの、全部ボクなんですけど……」

 後ろで鼎が泣きそうな顔をしている。

「まあ、ええやんか、役にたてば」

 いいのか?

「ウラまれるのもボクなんですけど……」
「ええい、いちいち五月蝿いわねトンズラー。名前の通り、ヤバくなったら
 ちゃちゃっと逃げればいいのよ」
「かなえじゅん、です〜〜トンズラーじゃありませ〜〜ん」
「どうにでもしろって言ったじゃない。だから、あんたはトンズラー」
「ところで、や、ドロンジョ」
「御津御 麗子、よ」
「どっちでもええやん」
「よくないわよ、ボヤッキー」
「ワイは渡辺 綱、ゆうたやろ」
「どっちでもいいでしょ」
「よくないわい」
「あのー、それで、何話してるんでしたっけ?」
「「……あ」」

 渡辺は、言い合うのもバカバカしくなったか、話を変える。

「で、御津御さんよ、あんたの事、どっかで見た事あると思うてたんやけど、
 今、やっと分かったで」
「ふうん、言ってみなさいよ、聞いてあげるわ」
「……なんや態度むっちゃムカつくんやけど……まあ、ええか。あんた、あ
 の《日輪の巨人》の一人やろ?」
「……」

 御津御は、黙ってちらりと渡辺を見ただけだったが、後ろの鼎が目に見え
てうろたえた挙げ句に素っ転んだため、シラを切るのも無駄になる。

「か〜な〜え〜〜」
「ひえええん、すすすすすすみませんすみません」

 渡辺は、彼等二人のポジションと性格を、何となくだが分かったような気
がした。

「……そうよ、もう隠してもしかたないわね。そうそう、私が、その巨人の
 支配者よ」
「……操縦者でしょう……」

 控えめに、鼎が訂正する。

「あ、ついでだけど、こいつも操縦者」
「あ、ども、あはは」

 鼎が、ぺこりとおじぎをして、愛想笑いする。

「やっぱりな、4年前だったっけか? ちょっと見た事あってな。十体並ん
 で、操縦席から顔出しとったやん」
「……昔の話は嫌いなの。お分かり?」
「………む」

 渡辺は、冷ややかに睨みながら微笑されて、話を終わらせる。

「私も、あなたの事知ってるのよ」
「そりゃそうやろ、ワイ、とっても有名人やから。わはは」
「……鬼切役の患部、って言われてるらしいじゃない」
「か・ん・ぶ! 幹部や! 患部ちゃう!」
「……それ、スゴク分かり難いです、ネタ的に……」

 またまた、控えめに鼎が言う。

「いいわよ、どうせ、内輪で分かってればいいんだから」
「いいのかなあ」
「いいのよ。……で、渡辺さん、あなたのような、上に立つべき人間が、
 下の者を教育も統括もしないで、こんな所で、何なさってるのかしら?」
「あんたには、関係ない話やろ? そういうあんたは何してんねんな」
「あなたには関係ない話ね」
「なら、ワイも何も話さへん」
「いいわね、そうしましょうか」

 訳の分からないうちに話がまとまってしまい、また無言で歩き出す二人。

「結局、二人とも何話したかったんだろう……」

 鼎は、しっくりこない感覚を感じながら、渡辺と御津御の後に付き従っ
て行った。

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 柊 誠が、我が家に帰った同時刻、天水村、旅館。
 そこの中庭にある小さな池で、一人の若者が鯉を見つめながら、何か思
案していた。
 と、そこに。

「へーすっけくーーん」

 ごきーーん!

「ぐはぁっ!」

 ざっぱーーーん!

 大きな音がして鯉が逃げ回り、へいすけ、と呼ばれた青年がしゃがんだ
姿勢のまま、水底に激突してしまう。

「あれ? どったの? 何かあったの?」
「……ぶはぁっ! ……何かあったか、と聞く以前に、自分がやった事を
 見直してみろ! 死ぬかと思ったぞ!!」
「あ……ん〜〜と、あ、ごめんね、ちょっと突ついただけだったんだけど」
「思いきり後頭部をヤクザキックで蹴り飛ばしておいて、どのへんが突つ
 いただ!」

 昼も過ぎた天水村は、桜も美しく咲き誇り、この旅館でもその桜は見事
なほどにその美しさを見せつけている。
 だが、その桜の下では、似合わないどたばた劇が繰り広げられていた。
 びしょ濡れの衣服を絞りながら若者がまた何か言おうとした時、そこに
一人の大男が現れた。

「どうした、兵助。……ん? 何だ、穂乃香ちゃんにやられたか」

 穂乃香、と呼ばれた少女の後ろから、新選組、二番隊組長、永倉 新八
が笑いながら近付いてくる。

「やられた、程度ではない! 全く、挨拶代わりに蹴りをかましてくる女
 など、未だに見た事がない!」
「まあまあ、そう怒るな、今に始まった事じゃないだろう。兵助、お前も
 八番隊組長なら、これくらい勘弁して、懐の大きい所を見せてやれ」

 新選組、八番隊組長、藤堂 兵助は、ため息をつきながら頷く。

「……まあ、それはかまわんが……今度からは、もう少し簡単に挨拶を済
 ませてくれよ、穂乃香君」
「ほーい」

 穂乃香にペースを完璧に狂わされた兵助だったが、ふと、笑みをこぼす。

「……ん、どうした? 兵助」
「いや、さっきまで考えていた事が、何だかどうでもよくなってしまった」
「……いいんじゃねえか? それで」

 永倉が、にやりと微笑みながら、兵助を見る。

「うむ、そうだな、どうでもいいことだ」

 ……父や一生の思惑など……

 最後の言葉を飲み込みながら、兵助はそう呟き、再び微笑した。

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 柊 誠が、我が家に帰った同時刻、天水村、ホテル。

「……はあ、そうなのですか……はい、いえ、それは全く問題ありません。
 は? 殿下ですか。……はあ、ここにいらっしゃいますが……はい……
 殿下、グネヴィア姫様が、どうも京都の方へ行かれてしまったようです」
「ええ? 何でまた京都に」

 ミハイルは、パーシヴァルのその言葉に、驚いて問いかける。

「……どうも、道に迷ったようですな……全く、ガラハドまで付いていな
 がら、何という失態だ!」

 ガウェインが、左手のひらに右拳を叩き付けながら不平をもらす。

「どうぞ、姫様が、殿下に代わって欲しいと」
「……代わらないと……怒るだろなあ……」
「それはもう、とてもとても」

 パーシヴァルに姫様の怒りを受けさせるのも気の毒なので、ミハイルは 
しぶしぶ、直通電話を受け取る。
 そして、以前のようにモニターを軌道すると、いきなりグネヴィアの胸
元のアップが飛び込んできて、一同目線をそらす。
 上半身はタンクトップシャツ一枚という姿なので、角度によってはとて
も危ない。

「……んーと、あ、だいじょーぶ、写ったー……って、何してるのよ」

 グネヴィアが訝し気にミハイルを見つめる。

「あ、いや、別に、はは」

 ミハイルは笑いながら慌ただしく視線を動かす。

「ごめんねー、ミハイルー。私ってば方向オンチだからさ、何か分かんない
 けど、京都ってとこに来ちゃったみたいなの。でね、これからすぐに、そ
 っち行くけど、泊まるとこ、ある?」
「……の前に、今、京都のどこにいるの、君は」

 ミハイルの突っ込みに、ちょっとだけ考えるように視線を右上に移し、グ
ネヴィアはまた話し始める。

「ええとね、しんせんぐみ、とかいう、器使いさんたちのとこ。良い人ばっ
 かだから、長居しちゃった、あはは」
「あはは、ではないですぞ、何目立っているのですか、姫様……」

 ガウェインがため息まじりに言う。

「いいじゃない、目立ったのはガラハドだし」
「……何かしでかしたのですか、奴は!」
「んーん、大した事じゃないよ。新選組の人にケンカ売って、ボコボコにさ
 れただけ」
「……思いきり大した事じゃありませんか! ……今すぐに、こちらへいら
 っしゃってください! 姫様!!」
「……ちょっと待って、ガウェイン」

 ミハイルが、ガウェインを遮る。

「……ねえ、グネヴィア、もし新選組の方々が許すなら、もう少しそのまま、
 そこに留まっててくれない?」
「で……殿下! 何を仰るのですか! あれだけ御迷惑をかけておいて……」

 きょとん、としながらミハイルを見つめていたグネヴィアが、にっこりと
微笑んで言う。

「いーよ、どうせ迷うし」
「そういう問題ですか!」
「あ、ガウェイン〜〜、あんた、ガイルとか変なあだ名付けられたんだって?」
「今その話を持ち出さんでください!」

 慌てるガウェインをよそに、グネヴィアはお気楽なものである。

「まあ、私はいいわよ。こっちに残ってる方が、ミハイルにとってもいいこと
 なんだよね?」
「……うん、ありがとう、グネヴィア」
「一体、何年のつき合いになると思ってるのよ。あ、そっちに着くはずだった
 荷物なんだけど、すぐに変更してくれる? 杖とかハーブとか入ってるのよ」
「分かった、すぐに《ティル・ナ・ノグ》に連絡しておくよ」
「ありがと。大好きよ、ミハイル。こっちはまかせてね。じゃね〜〜」
「ああ、姫様! お待ちくだ……」

 ガウェインの言葉を最後まで聞く事なく、グネヴィアはまたもや一方的にか
けてきて、一方的に切ってしまった。

「殿下、どういうおつもりか、説明を」

 眉間を押さえながら問うガウェインに、ミハイルは語りかける。

「イカセ、って知ってるかい?」
「……は、我らが鬼切役と共闘して倒そうとしている、紅葉という鬼女……
 その幹部の一人、でしたな」
「うん、どうも、そのイカセって奴が、京都に現れそうなんだよ」
 
 ミハイルは、ごそごそと一枚の紙を鞄の中から取り出し、ガウェインに渡す。
 それをパーシヴァルも見つめる。

「……これは……本当なのですか?」
「まず、間違いなく、ね。実は、昨日の段階で、ミスター・ヨリミツから渡さ
 れたものだったんだ。天水村に着いて早々申し訳ないが、京都に戦力を割け
 ないか、イカセが京都に出る、ってね」
「どこからの情報なのでしょうか?信頼できますか」
「これは、ミスター・ヨリミツの憶測だよ。……でも、信頼できると思う」
「……殿下は、ミスター・ヨリミツを買っておいでですな」
「……あんなに自分を偽った人を、僕は見た事ないよ」
「……殿下、それを言うなれば、あなたもですぞ」

 そう言ってちょっと困ったような顔をするガウェインを見ながら、ミハイル
は優しく微笑んだ。




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