『3』

「卜部 高幹?」

 誠は訝しそうにその大男を見つめる。
 男はというと、無遠慮に誠に近付いたかと思うと、その体をべたべたと
触り始めた。

「ちょ……ちょっと、何してるんですか」

 誠が慌てるのを気にも止めずに、卜部は誠の腕、肩を触って言った。

「うむ、なかなか良い鍛え方だな。さすがは夢想神伝流の師範だけの事は
 ある。」

 卜部はそう言うと、またにやりと微笑すると誠の肩を叩き、今度は水波
と咲耶の方へと、ずかずかと進んでいき、まずは咲耶の手を握る。

「いや〜、美しいお嬢さんですな。私めは、卜部 高幹と申します。こん
 な美しいお嬢さんに出会えるとは、私の運も、まだ尽きてはいないよう
 ですな、わははは」
「あらあら、これは初めまして」

 でれでれと鼻の下を伸ばす卜部がまるで眼中にないのか、咲耶はいつも
のマイペースである。
 何ごとも、おほほ、と全てを受け流す性格で見事に卜部をいなしている。
 卜部は気の済むまで咲耶の手を握ると、今度は水波に向かい、言った。

「これはまた可愛いお嬢『ちゃん』だ! いくつかな、歳は? わははは」

 そう言って、水波の頭をその大きな手で、ぼふっ、ぼふっ、と軽く叩いた。
 気のせいか叩かれる度に、水波の背が縮んでいくような気がする……。

「あの、その、ちょっと、あんまり、強く、叩くと、背が……縮むわーー!」

 ぼふぼふと頭を叩かれて怒った水波が、またどこからか、謎の飲み物が入
った魔法瓶を取り出すと、蓋を空けて、注ぎ口を卜部の口にねじこんだ。
 卜部はそのまま魔法瓶をぐわし、と掴むと、中の液体をぐびぐびと飲み続
ける。

「飲んでる……」

 誠や美姫が、見たくないものを見たといった表情で、卜部を見つめる。
 武は、半分あきれ顔で、その光景を見ながらため息をついている。
 卜部は、まるで風呂後の牛乳を飲むかのように、腰に手をあてて謎の液体
を飲み干していく。

「ぶはーーーーっ」

 ぴきっ

 一気に飲み干してそう言うと、その瞬間に卜部の体が石になったように固
まり、その場に『ぶはーー』の笑顔のまま倒れこんだ。

「遅っ!」

 水波がそう突っ込みを入れる横で、誠がため息をつき、両親に問いかけた。

「父さん、母さん、この人は?」

 精一郎と文は、お互いに苦笑いを交わし、精一郎が口を開く。

「この人は、私の古い友人でね。誠、お前が生まれる前から、ずっと良くし
 て頂いている方なんだよ」
「え〜〜、これが〜〜? ねえねえ、誠、この人、良い人なの?」

 水波がそう言いながら、石になった卜部の顔を、つんつんとつっついた。

「……まあ、良い人、ですよ、ははは」

 精一郎は、何だかごまかすように笑った。

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「ひなた、どうしたの?」

 陽のベッドに座って、ぶらぶらと足を振っていた奈々美が、陽の不機嫌そ
うな表情を見て問いかける。

「いや、なんでもねえよ、お前は気にすんな」

 陽はそう言うと、視線を戻し、自分の手の中にある、黒光りする銃を見つ
めた。

「……ちっ、こんなものを手渡してくれやがって……」

 陽はそう呟くと、今朝の出来事について、考えを巡らし始めた。





「陽、お前にこれを渡しておこう」

 一生はそう言うと、陽にずしりと重い黒い銃をひとつ手渡した。

「これは?」
「ん? これかね。これは、お前の体内のナノマシンの働きにより、より高
 い攻撃性能を引き出せる、お前専用の銃だ」

 そう言って、一生はにやりと微笑する。

「お前の高い身体能力とナノマシンの補助を使えば、こんな小さな銃であっ
 ても、ガトリング砲射なぞ目でないほどの強力な連射速度と、その弾の速
 さによって、何ものをも貫く強力な破壊力を得る事ができる。お前の超人
 的な体術と合わされば、まさに鬼に金棒だろう」
「へえ、そいつはたいしたもんだな」
 陽はどことなく不機嫌そうな表情で言い返す。

「陽、お前がいくらナノマシンにより、体細胞を強化されたとはいえ、体質
 が変化……いや、進化した鬼切りを今のままで相手にはできんぞ。あの、
 柊さんと対等に戦いたければ、それを喜んで受け取りなさい」
「……そんなに俺と誠を戦わせたいのかよ」
「陽、忘れるな、お前は奈々美の命を背負っていると言う事を。私が一言声
 をかければ、あの子は自分で自分の首をねじ切る事もいとわんだろう。
 ……お前は、そんな不幸を、あの子にさせるのかね?」
「……最低だよ、あんたは……」
「最低か、それもいいだろう。私に言わせれば、今の人間社会こそ最低だと
 言えるがね。私は今の世の中を一新させるためならば、喜んで悪と呼ばれ
 ようではないか」
「人の死体までも利用し、人間の命を踏みにじって、たとえクローンであっ
 ても、そこに生まれたものを勝手にテメエの都合で道具のようにいじくり
 まわして、……そこまでして、一体何が目的なんだ!」
「……破壊、かな、あえて言えば」
「……なんだと……」
「そろそろ行きなさい。……陽、我が息子よ。お前は戦うしかない。ナノマ
 シンに侵されたる者は、ここにいる限り、何人たりとも、私の支配からは
 逃れられんのだ……よく覚えて、あまり余計な事は考えんことだな」
「くっ……」

 陽は、真直ぐに、父である一生を睨み付けると、踵を返し、一生の部屋を
後にした。
 そんな陽をちらりと一瞥し、一生は自分が座った机の前面にある大きなモ
ニターのスイッチを入れた。
 そこには、天水村一体の地図と、天水村の近くの海岸に迫る、複数の陰が
写し出されていた。

「ふむ……明日夜から、か。始まるな、もう少しだ。さて、どう出るのかね、
 鬼を打ち倒す勇者諸君?」

 一生はそう呟くと、にやりと微笑しモニターを見つめ続けた。





「誠と戦う……か」

 陽は銃を見つめて呟いた。
 陽は職業がら、相手の事をよく観察するというクセがついていた。
 その観察力により、《インヴァイダー》と言われるまでに、自分の何でも
屋家業は成功をおさめてきたのだ。
 戦い方、身のこなし、戦う理由、しして性格。
 陽は、たった二日ながら、柊 誠という人間の戦い方やそのパワーを、自
分なりによく分析していた。

「自分のナノマシンパワーをフル活用して、この銃で追い詰めれば……今の
 誠であれば……勝てる。たとえ器使いと言えども、その体は人間とさほど
 変わるもんじゃない」

 陽はそこまで言って、ちらりと奈々美の方を振り返る。
 そこには、相変わらずぼけっとした表情で、奈々美が陽を方を見て首を傾
げていた。

「何?」
「何でもねえよ」

 陽はそう言うと、ひとつため息をついて言った。

「全く、何でこうなっちまうのかねえ」

 陽と奈々美のいる部屋は、相変わらず静かであった。
 だが、陽の心では、不安と雑念が、いつまでも脳裏で騒ぎ立てていた。
 その雑念という音が、陽には今にも本当に聞こえてきそうだった。

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「熊武、その後の状況はどうなっておるのか」
「は、今朝方、京都の宇治に入りました伊賀瀬でありますが、どうもまだ
 鳳凰堂へは向かっておらぬ様子でございます」

 ここは、紅葉が拠点とする場所……能舞台を思わせるその場所には、ぼん
やりと灯る灯篭から赤い光がもれ、紅葉の美しい顔を、より艶やかに見せて
いる。
 その傍らには、紅葉の側近の一人、熊武という大男が控えていた。

「伊賀瀬め……また悪いクセがでおったな。よからぬ事をしでかして、事を
 荒立たせねばよいのだが」
「そのあたりは、私めがよく言い聞かせておりまするゆえ、今しばらくお待
 ち願いとうございます、紅葉様」
「……まあ、そちがそう言うのであればよかろう。……しかし、もうすぐ、
 この地は赤き血に染まる。その日も近い。それまでには何としても、御方
 の御首(みしるし)を奪い取らねばならぬ……のう、一生殿?」

 熊武が以外そうに後ろを振り返ると、そこには一生が立っていた。

(こやつ……いつの間に……)

 熊武は驚きながらも平静さを保ち、静かに一生を見る。
 一生は紅葉に頭を下げると口を開いた。

「明日、日が暮れた頃には、作戦部隊が天水村へと押し寄せてきます。その数
 は一個大隊に匹敵するでしょう」
「それだけの数を、よくもまあ、自衛隊内部に潜ませられたものよの」
「それだけ、この日本という国の国民が平和ボケの頂点を極めているという
 事です……ふふ」
「お主の国であろう?」
「私の国? はて、そんなくだらないものは……とうの昔に捨てましたが」

 紅葉と一生は、お互いに微笑する。

「では、我らは御方の御首を取り戻し次第、復活の儀式を執り行う。抜かり
 はないな、一生殿」
「お任せください。既に、今までの素材を使ったナノフュージョンにおいては、
 鬼との連結には何の問題もございません」
「……もうすぐじゃの……あの方の顔が……声が拝めるのじゃ……」

 紅葉は、どこか恍惚とした表情で、どこでもない空間を見つめている。
 それを見て一礼すると、一生は静かにその場を去っていった。

(一生 正臣、か。油断のならぬ男よの……)

 熊武はそう心の中で呟き、一生が消えた闇を、凝視し続けた。




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