『7』


「ずいぶんとまあ、思いきった事をするものだな」

 そう言ったのは、新選組局長、近藤である。
 誠達が修行として山篭りをしている昼過ぎ、近藤ら新選組の面々は、
警察の仕事に追われて多忙な斎藤を除き、全てが天水村のホテルに集
まっていた。

「この情報は確かなんですかい? 副長」

 永倉がいぶかしそうにそうつぶやく。
 それほどまでに、新選組の面々が覗き込んでいるそれは、信じら
れないようなものだったのだ。

「日本の特殊工作隊、SATが数百人、この天水村へと海路と空路で
 向かってきている。目的はひとつ、天水村で政治屋と小役人のア
 ホどもが行っていたものに対しての口封じだろうな」

 土方が冷静にそう言う。

「口封じって……まさかそれほど大量の人数を送り込んできたら、
 さすがに大事になるでしょう。本当なんですか?」

 沖田が少々呆れ顔で、目の前の書類を覗き込んでいる。
  ホテルの座敷一部屋には、大男が7人もひしめいている。
 近藤、土方、沖田、永倉、藤堂、原田、山崎。
 狭い部屋を、さらに狭くしながら覗き込むその目線の先には、工
作隊の進路と、通過予定時間がある程度の区切りごとに記載されて
いた。

「確かに、眉唾ものの情報に見えるな。もし極秘に行われていると
 すれば、自衛隊内のどんな記録にも残るまい」

 土方はそう言って、さらに書類を出してきた。

「見ろ。まあ、このデータは、簡単に言うと自衛隊内の今期の納入
 兵器数だ。そして、これが自衛隊に兵器を売ってる会社側の納入
 データ。微妙に食い違っているだろう? これらの消えた兵器は、
 すべて自衛隊内でかいざんされて存在を消されているようだ。
 まあ、内部告発があって、俺がそれを先に見させてもらった、と
 言う訳だが」
「で、そのデータで消えたものと、今回のSATの動きに、どのよう
 な関係が?」

 近藤の言葉に土方は続ける。

「この書類かいざんを指示してきたのは、今回、東京でその半数以
 上が惨殺された政治屋どもだったらしい。見ろ、かいざんされる
 前のデータの書類に、複数の名前の走り書きがあるだろう」

 近藤は、書類を睨みつけてうなる。

「むう……確かに、彼らだな。しかも、鬼との裏の繋がりを疑われ
 ている者達ばかりだ。偶然にしては、人数が多く、合いすぎてい
 る……」
「で、その消えた兵器の番号と数、今回それと同じだけの兵器が
 天水村に向かっているとしたら?」

 新選組の面々が、一瞬静まり返った。

「しかし、山崎、お手柄だな。このような情報、そう簡単に手に入
 るものではない。さすがは新線組の探査役の筆頭だ」
 
 藤堂がそう褒めるも、山崎は首を振って、自らその評価を否定す
る。

「いえ、この情報は、土方さんが提供してくださったものなのです。」
「なに、歳が? 本当か」

 局長の近藤が、驚いて土方を見る。

「自衛隊には、色々とコネがあってね。 まあ、気にするな」

 そう言って多くを土方は語らないが、器使いを集め、鬼切役の創
設に一役かい、信条の違いにより蒼真 武と袂を分かったものの、
その影響力と権力は、鬼切役に全く引けをとらない。
 特に自衛隊内の器使いを集結させるその人脈とカリスマは、今で
も自衛隊内に大きな影響力とコネクションを持っているようだ。

「……歳が持って来た情報であれば、まず間違いあるまい。私が自
 衛隊にいた時も、よくお前の情報を活用させてもらったからな」

 近藤はそう言って、土方に微笑する。
 その土方の後ろで、ぴょんぴょんと跳ねる女の子の姿が見え隠れ
していた。

「こら、穂乃香ちゃん。だめだ、今入ってきたら」

 左之助が、手を振り、穂乃香を追い出そうとする。

「あ、ごめんなさい、皆さん、勝手に入ってきちゃって。 ああ、
 この子ったら、もう、こっちに来なさい、穂乃香」

 穂乃香の後ろから沙耶香が現われて、穂乃香を連れて行こうと
する。

「もう聞いちゃったもん。悪い人が来るんでしょ? ええと……
 ……サツ?」
「サ・ッ・トだ! 俺達はヤクザか。警察が悪い人な訳ないだろ。
 斎藤さんが泣くぞ、そんな事聞いたら」
「そうよ、私達は、雪乃さんと一緒に、すぐにでもここを離れる
 んでしょ。あまり口だししないで、前川邸で待ちましょう」

 左之助と沙耶香がそう言うも、穂乃香は首を振って言った。

「私も残る。一緒に戦うの」

 その言葉に、新選組の面々が、大きなため息をつく。

「だめだ、穂乃香ちゃん。君は雪乃君と共に帰るんだ」

 近藤にそう言われて、穂乃香が、ぶう、と頬を膨らませた。
 
「まあ、今回ばかりは、俺達プロに任せてくれないか? さす
 がに素人のお嬢さんに戦いを任せたとあっては、俺達も面子
 が立たないしな」

そう言って土方に笑われて、穂乃香もすごすごと引き下がるしか
なかった。
 
「さて、歳よ。この事は、知っているのかな、彼らは」
「シヴァリースですか。彼らには、山崎に使いを出させましたよ。
 今ごろ、目ん玉飛び出させて驚いているはずだぜ」
「……勝てるかね……今の我々だけで」

 そう問う近藤に、土方は苦笑いをする。

「微妙ですねえ。俺達に銃弾は通用しませんが、さすがに人数が
 人数だ」
「ふむ……そうか」
「シヴァリースは人を殺す事はしないはずですし、我々だけでど
 うにかするしかないかもしれませんな」

 その土方の言葉に、再び黙り込む一同。

「せめて、日輪機が一機でもここにいてくれれば、俺達も戦いや
 すいんですけどね」
「そうだな。自衛隊のボンクラキャリアどもは日輪機を飾りで使
 いものにならないと思い込んでいるからな。富士決戦の成果が
 実力の全てと思い込んで、疑いもしないんだからな」

 沖田の言葉に土方はそう答える。

「でも、一機あれば、たぶんSAT数百人なんて秒殺だぜ。土方さ
 ん、そっちにコネはないのかよ」

 左之助の言葉に、土方は首を横に振る。

「あれに関しては、鬼切役の陰陽寮と、シヴァリースのティル・
 ナ・ノグが全権を掌握している。俺の力で動かすのは、まず無
 理だな。藤堂グループにあるものの、陰陽寮が保管を依頼され
 ただけで、グループの意思では動かせん。何機か行方不明なも
 のもあるが、それも消息は掴めん。」
「……そうなのか……」

 左之助は落胆して肩を落とす。

「まあ、これからどうするかは、シヴァリースと、鬼切役との相
 談で決めるとしよう。今回は、信条がどうのと入っている訳に
 はいかんだろう」
「では、私がさっそく行って参ります。シヴァリースは、ランス
 ロット殿の使者の方に。そして、水無月殿には、伝令として来
 た渡部殿に」
「うむ、よろしく頼む」

 近藤の言葉に、山崎が迅速に動く。
 山崎が消えた後、近藤は双子姉妹に向き直り、言う。

「今回は、鬼を倒すだけでは収まらん。おそらく、人同士の殺し
 合いになるだろう。……君達は若い。まだ二十にもならない歳
 から、血を見る事はない。帰りなさい」

 近藤に穏やかにそう言われて、さすがの穂乃香も、口答えでき
なくなったらしい。

「うん……がんばってね。待ってるから」

 そう穂乃香が言い、双子姉妹は、雪乃に連れられて、部屋から
出て行く。
 
「雪乃」

 双子姉妹と出て行こうとしていた雪乃を、土方が呼び止める。

「……二人を頼む。無事に帰ってくれ」

 土方の言葉に、雪乃は黙って微笑み、そして頷いた。





「やはり、こういう事になったね」

 ランスロットの使者からの伝令を聞いたミハイルは、そう言って
少し苦笑いをする。

「いかがなされますか。我らは、人間に対して刃を向ける事はでき
 ませぬ。無論、器使いの決まりごとは、人を殺める事を絶対的に
 禁止している訳ではありませぬが、我ら円卓の騎士は、全て殿下
 のご意志の元に動いております。」

 ガウェインはミハイルを正面から見据えて、さらに続ける。

「……殿下は、人を殺める事を、全ての騎士に禁じられた。だが、
 もし殿下がその禁を破る事をお許し頂ければ、我らは……」
「ガウェイン」

 ミハイルは続けようとするガウェインの言葉を遮って、話し始め
る。

「甘いと思われるかもしれない。でも、僕はこういう状況でも、人
 を傷つけるのは嫌なんだ。僕がロシアにいた頃、母さんがいつも
 言っていた言葉……『人を愛する事をやめないで』……この言葉
 を、僕はこんな時にも守りたいと思っている」
「愛するために、戦わなければならない時もございます。殿下は、
 ケイの凶行をお忘れになった訳ではありますまい。」
「……そうだね」
「今、あの時と同じ状況が起きようとしています。殿下、我らは、
 ケイの時と同じように、誰かを守るために、誰かを傷つけなけれ
 ばいけない時に来ているのです。アスモデウスを退けたあの時の
 殿下の戦い、ケイら門閥貴族を退けた戦いを、人との戦いを、私
 は間違いだとは思いませぬ」
「……間違いではないのかもしれない。でも、あの時ほど、空しさ
 と、母の言葉を思い出した時はなかったよ」
「……殿下」

 困ったようにミハイルを見つめるガウェインに対して、ミハイル
はひとつ息を吐き出して言った。

「ティル・ナ・ノグに連絡を。『眠り姫を目覚めさせろ』……至急、
 よろしく頼む」

 その言葉を聞いたガウェインは大きく頭を垂れると、ランスロッ
トの使者に目配せする。
 使者は軽く頷くと、すうっとその場からいなくなった。

「戦いの最中、僕は愛する事を忘れる……母の言葉を忘れるのが嫌
 で……僕は戦いたくないのだろうか」

 ミハイルはそう呟くとホテルの扉を開ける。
 扉の向こうは晴れ渡った青い空。
 ミハイルは、嫌なものを体から全て吐き出すかのように、大きく
息を吸い、そして思いきり吐き出した。




←『6』に戻る。        『8』に進む。→  
                        

       小説のトップに戻る。↑