『8』


場所は移り、同じ時刻、京都。

 一人の男性が、京都の有名な観光地、宇治の平等院鳳凰堂へと訪れて
いた。
 ラフなシャツにジーンズという姿でそこに現れたその男は、絹糸で織
り上げたような白く美しい肌と、黒真珠のような、漆黒の艶のある長い
髪の毛を束ねた姿で、鳳凰堂を見上げていた。

「平安貴族の憧れた極楽浄土か……陳腐ですね」

 まるで蔑むようにそう言うと、男は鳳凰堂へと再び足を踏み出した。

 平等院鳳凰堂は、平安時代後期(西暦1052年)、藤原道長から別荘
を譲られた頼道が、大日如来を本尊として平等院と名付け、寺院に改め
たものだ。
 藤原氏全盛を背景に豪壮を誇ったが、建武3年(1336年)、戦火で
建物の大半を焼失し、現在は鳳凰堂、観音堂、鐘楼などが残っている。
 その中でも平等院は、平等院創建当時の唯一の建物であり、その優美
かつ軽快な姿は日本硬貨の十円玉の図案に採用されている。
 平安貴族があこがれた極楽浄土を 体現していると言われている。

「そう、確かに建武3年……建物の大半は失われたが……表向きの姿が
 失われただけに過ぎない……真のその姿は……地表にはない」

 そう言うと、男は鳳凰堂を通り過ぎ、不動堂へと向かい、足を止めた。

「……役小角(エンノオズヌ)か……我が主人を封じるには相応しい力
 の持ち主ですが……」

 そう言って、男は土足で不動堂の中へと足を踏み入れる。
 そこには、役小角の像が祭られている。

「ふ……このような偽者の像を拝むとは。人間もおめでたいものです。
 ……いや……そうまでしてまでも、何かにすがりたい時が、人間には
 あるのかもしれませんな」

 そう呟くと、男は手を翳す。
 すると、男の目の前にある役小角の像が振動する。
 男と役小角の像との間に、青白い光りがはじけ、衝撃が不動堂を震わ
せる。
 近くにいた観光客が、何ごとかと足をとめる。

「ほう、このような偽者でも、それなりに力はある、という訳ですか。
 ……ですが」

 男が、少し力を入れると、再び像との間に青白い光と衝撃破が起こり
像が先ほどよりも大きく震えだし、男が腕を横に軽く振ると、像が音を
たてて弾け飛んだ。

「どこまでいっても、偽者は偽者……さて」

 男が弾け飛んだ像の立っていた場所へ近付くと、何やら突起のような
ものが小さく突き出ていた。
 それを軽く小突くと、外で大きな音がした。
 男が不動堂から出ると、外では何人もの人間がばたばたと現れた。

「……待て。貴様、これ以上は行かせんぞ」

 男達は、拳銃を構えて、男を取り囲んだ。
 その数は20人近いだろう。
 銃を構える姿にも隙がなく、素人ではないという事は男にも分かった。
 それを見た一般の観光客が、蜘蛛の子を散らすように、逃げ去っていく。
 しかし、男は何も臆する事なく、不動堂から南へと歩いていく。

「どこへ行く! 貴様の身柄は拘束させてもらうぞ!」

 男達は、それを遮るように、銃を構えたままで男の前に出る。
 長髪の男は、ふっ、と哀れむように微少すると、無造作に男に近付き、
腕を振る。
 すると、男達が数人、口や鼻から血をまき散らしながら吹き飛んだ。
 取り囲んだ男達が一瞬怯んだ隙に、男は一瞬にして男達の前から消えた。
 そして、複数の悲鳴と血飛沫とが入り交じる地獄絵図が作られる。

「……い……いかん! 新選組に伝言を……桃井様もこちらにいらしてい
 るは……ぐっ」

 男は、叫ぶ男の首と頭を両手で掴むと、一言言葉を発した。

「……五月蝿い方ですね……」

 男は、軽く腕を動かすと、男の首が胴体からいとも簡単に離れた。
 その千切れた頭を上にかかげて、さも楽しそうに流れる血をすすり、男
は残った男達を見る。

「……まさか……鬼か!! 伝令急げ!! 取りかえしのつかない事にな
 る前に!!!」

 そう言いながら、残った男達が銃を発砲する。
 だが、確かに銃弾は中ったはずであるにも関わらず、男は何ごともなか
ったかのように男達に近付く。
 シャツが銃弾で千切れていくのに、その肉体は、まるで傷付いていない。
 何人かの男が、その場から離れ、平等院から消えていく。
 銃弾を浴びせられながらも、男は残った男の頭を鷲掴みにし、軽々と上
へと持ち上げる。

「……く……お前がどんな事を起こそうとも……必ず器使いの天誅がくだ…」

 最後まで言葉を発する事なく、頭を握りつぶされて、銃を持った男がだ
らりとその腕を下げる。

「貴様ら人間どもが私達に行った仕打ちと、今私が行っている事……どちら
 が酷いかは……あなた方にはお分かりにはならないでしょうね……しかし。
 器使いですか……面白い。彼等の血も、また上手そうだ」

 男はそう呟くと、平等院の阿字池へと足を運んだ。
 数多くの血液によって地面と池は部分的に赤く染められている。
 血まみれの手で印を組み、何やら呟くと、池の水位が下がり、ぬかるみ
が露になる。
 その中のある部分に歩み寄った男は、そのぬかるみに、再び何やら呟く。

「我が使役する式神よ。我が念に応じ閉じられたる扉を内から開きたまえ」

 男が言うと、そこから地下に通じる階段が現れた。
 それと同時に歪みが生じ、第三種の鬼が複数現れ、唸り声をあげる。

「……もうすぐ参りますぞ、大嶽丸様……。……紅葉様、この伊賀瀬に、
 万事おまかせあれ……」

 男……伊賀瀬はそう呟くと、池に現れた階段へと鬼と共に足を踏み入
れて行った。





「ん??」

 新選組の客間にてお茶をよばれていたグネヴィアが、何かを感じ取った
のか、いきなり顔を上げてきょろきょろと辺りを見渡し始めた。
 ソファに寝転がって本を読んでいる山南も、その視線は本の文章ではな
く、他の何かを探しているようだった。

「ねえねえ、皆、何か感じないですか〜?」

 そう言うグネヴィアに、山南が答える。

「何か感じましたか? 姫様」
「う〜ん、感じ、っていうか、いや〜〜〜〜なニオイがするのよね〜〜。
 ええと、なんて言うのかな、生臭い、気持ち悪い、っていうか、ああ
 もう、上手く説明できないけど、とにかくイヤな匂いなの」
「匂い、ですか……ふむ」

 山南は本を閉じると、近くにいた島田と井上に言った。
 
「井上さん、島田君。それでは、これから平等院へと向います。新選組の
 各隊士に通達してください。」
「……こんな日中からか……鬼というのは、みさかいがないな」

 井上が、あきれ顔で言う。

「彼等にとって、人を殺すのは、昼食をとりにどこかへ出かけていくのと
 同じくらいの感覚しかありませんよ」
「……やはり、鬼などとは共存できん!! 鬼切役が甘いから、このよう
 な事態が起きるのだ!!」

 山南の言葉に、島田が大きな腕を振り回して怒る。

「まあ、そう言うな島田。では、山南総長。出陣するのは、どの隊にしま
 すかな?」

 井上の言葉に、山南は少し考えると、言った。

「井上さんの六番隊、そして、松原君の四番隊を出そう。その他の隊士は、
 急な事態に備えて待機」
「……ふうむ、主戦力が全て天水村、というのが、今となっては痛いですな。
 了解した。では、そのように……」

 山南の言葉に、井上が動こうとした時、客間に少年が現れた」

「まってくれ!! ミスター・イノウエが行くのであれば、僕も一緒に連
 れていって欲しい!!」

 そこに現れたのは、井上に叩きのめされた円卓の騎士の一人、ガラハド
である。
 それに対し、山南が静かに首を振る。

「いや、だめだ。君にどんな気持ちがあろうと、姫様を守るのが君の役目。
 君はここに、姫様と共に残りなさい」
「しかし、僕は、自分の強さというものが何なのか確かめてみたいんだ!」

 その言葉に、井上が少々疑問を感じて声をかけた。

「もしや、君は鬼と戦った事がないのか?」

 その言葉に、ガラハドは言葉なく頷いた。

「……そうなんですよぉ、ガラハドって、最近円卓に招き入れられたばかり
 なんですよね〜。だから、私の護衛なんです。全く、あのランスロットの
 いとことは、とうてい思えないですよね〜」

 自分がそのランスロットと妹である事は遠い遠い棚の上に放り投げながら、
 グネヴィアが言う。
 そして、ちょっとからかうようにガラハドを小突く。

「だからこそ、戦いたいんだ。このまま恥をかいたまま、引き下がる訳には
 いかない。……ナイツ・オブ・ラウンドの一人としての誇りにかけて!」

 山南や井上は困った顔をしたまま、黙り込む。
 グネヴィアをほったらかしにしておく訳にもいかない。
 ……と、そう思っていた時、一人の若い隊士が、荷物を届けてきた。
 
「あの、すみません、何やら速達で、こんなものが届いたんですが」

 そう言って差し出された荷物には、でかでかとシヴァリースのシンボルマ
ークが印刷されていた。
 おそらく、どんな配達荷物よりも最優先で届けられてきたはずだ。
 グネヴィアがささっと近寄って、

「ありがと」

 そう言って可愛らしく微笑み、荷物の包装紙をばりばりと無造作に破き始
めた。

 中には、何やら呪術で使う薬草や意味不明の物体、水晶、短剣、そして、
古代文字の刻まれた白衣と白銀の杖が入っていた。

「やた〜〜、さっすがミハイルね! こういう行動の素早い所大好き!!」

 グネヴィアは、ささっとその物体やら杖やらを手際よく片付けると、

「あ、どこか着替えるとこないですかぁ?」

 そう言って、風呂場の脱衣所へと飛び込んだ。
 ……そして数分後、白装束に三角帽子、白銀に赤と金の飾りをあしらった
グネヴィアが、おまたせ! とポーズをつけた後、ぴょこんと山南達がいる
部屋に飛び込んできた。

「な……なんですか姫様、そこ格好は……」

 山南が、ちょっと呆れたような、驚いたような表情で言う。

「さあ、これでガラハド君も一緒に行けるわよ!」

 ガラハドは、何ごとが起こったのかまるで分からないといった表情でグネヴ
ィアを見つめていたが、程なくしてすぐに言っている意味を理解した。

「……まさか、一緒に行くというのか、姫!」
「そーよ、決まってんじゃないの」

 さも当然のように言うグネヴィアにガラハドも当惑したが、姫の言う事に家
来がどうこう言う事はできない。
 ガラハドは、山南や井上を見て、無言で指事を仰いだ。

「……では、姫、お願いできますか?」

 数分の沈黙の後、山南のその一言で、全ては決まった。

 四番隊組長、松原 忠司とその隊士10名、六番隊組長、井上 源三郎と六番隊
隊士10名、島田 魁、白魔導師のグネヴィア、円卓の騎士ガラハド。
 
「僕も、今回はお邪魔させてもらおう」

 そう言って、山南も付いてくる事になった。 

 彼等は、風のように前川邸から姿を消した。
 赴く先は、平等院鳳凰堂である。




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