『11』


「あら? 伊勢守さま、どちらに行かれるのですか?」

 源 頼光……本名を春菜という少女が、彼等のそばからどこかへ歩いていこう
とする男を呼び止める。

 東京に現れた鬼を退けた後も、頼光、金時、上泉伊勢守はその場所に留まって
いた。
 鬼を退けたとはいえ、空間の歪みが閉じず、いつまでも開いたままで、いつま
た鬼が現れてもおかしくなかったからだ。
 頼光たちは、その場に留まり、鬼の出現に備えなければならなかったのだが……。

「私は天水村へと行く。この場は、源、坂田、お前達二人に任せる」

 春菜の方へ振り向いて、伊勢守は静かにそう言った。
 これを聞いて、春菜は驚いて目を見開く。

「何を言ってるんですかぁ。私達は、東京を、首都を守るために派遣されてきた
 んじゃないですか〜。持ち場を離れるのは、感心しませんっ!」

 頬を膨らませてぶりぶりと怒っている様だけ見れば、どこにでもいる高校生と
何も変わらない。

「私が蒼真から頼まれたのは、ここに出現するであろう鬼を退治する所までだ。
 これ以降の仕事に関しては……東京を守るという事に関しては、お前達の専
 任で行われるべきではないかな?」
「むむ、また、そういうへ理屈を言う」

 春菜は、やっぱりぶりぶりと怒ったままだ。
 今度は両手をばたばたと振り回す。

「へ理屈などではない。伝統ある鬼殺しの名門、源家と坂田家がいれば、それで
 十分ではないか? 私は、鬼切役に属してはいるが、その行動については、誰
 の制約も受けないと、そう決められたはずだ。そういう約束のもと、私は、蒼
 真の下についたのだ……」
「う、むむ」

 春菜が、悔しそうに唸る。
 そこに、坂田 金時……本名を純也という少年が口を挟む。

「行ってもらえば良い。僕達二人と、部下がいれば、ここはなんとかなるだろう。
 幸い、歪みは少しずつだが小さくなってきている。ここで時間を持て余す事は
 やめて、それぞれがすべき仕事に戻った方がいいだろう」
「で……でも」

 春菜はまだ諦めない。

「伊勢守様は、より混乱が予想される所に赴こうとされているだけだ。ここでじ
 っとしていても、天水村は何も良くならない」
「むう」
「それに、春菜も聞いただろいう。京都に、鬼が現れ、平等院を壊して中に入っ
 て行った事を。向こうは、卜部(うらべ)と碓井(うすい)が新選組と連係す
 べく動いている。我々はここから動けないし、天水村への戦力増強を考えるな
 ら、伊勢守様に向って頂いた方がいい」

 そこまで聞いた春菜が、がっくりと肩を落とす。

「はあ……わかりましたです……伊勢守様、お願いしますです」

 伊勢守は、ふっ、と少し笑みをこぼすと、その場から消えて行った。
 春菜は、理解はできたが、納得はできていないのか、

「むきーーーーーー」

 と、訳の分からない声を発して、その場でじだんだを踏んだ。

「……猿か?」
「むきーー、純也! たとえいとこでも、それは女の子に言ってはいけない言葉
 なのです!」
「……説得力ないな」
「きーーだまるです!」

 そこに歪みがあり、鬼がいつ現れるかもわからない……とはとても思えないよ
うな不毛な会話が、辺り一帯にこだましていた……。
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「よお、こんな所で、なにやってんだ?」

 よく通る声が、一人の男を、丘の上で呼び止める。
 声をかけられた方は、その表情のさっぱり読み取れない目を、男に向けて、抑揚
のない声で言葉を発した。

「……土方……歳三……デシタネ……ナニカ、ゴヨウデショウカ?」

 声を返された男……新選組副長、土方歳三は、にやりと不敵に笑う。
 彼は、ホテルで、与えられた情報を元に作戦を隊士達と練ると、少し休憩も兼ね
てこの小高い丘へと、足を運んでいたのだ。

「いや、とっくに中国の崑崙山に帰ったものと思ってたんでな。身体のメンテナン
 スはしなくていいのかい、ナタクさんよ」

 土方は、相変わらずにやにやと笑っているが、その笑顔に奥に何があるのかは、
彼には計りかねた。

「……ワタシハマダ、コノ場ニ留マラナケレバナリマセン。
 《見届けて帰れ》
 ……ソレガ、太乙真人ノ命令デス」

 少し抑揚のない、機械的な、だが人間の声に似た言葉はが発せられる。
 土方はそれを聞くと、両手を上げて呆れたように苦笑いをする。

「……あのマッド・サイエンティストの命令か。そりゃ、守らねえと壊されるかも
 な」

 そう冗談めかして言い、そして、真直ぐに眼差しを向けて、ナタクを見る。

「……で、あんたはどう思ってる? 何か起こると考えているのか? もう、何も
 起こらないかもしれないぜ?」

 そう土方が言うと、ナタクは静かに土方の方へと向き直る。
 その左目とその周辺は、機械がむきだしの状態で動いており、彼が人間ではない
事を、嫌でも知らしめていた。

「ナニモ起コラナイ、トイウ事ハ、マズアリエマセン。ソノ程度ノ情報デアレバ、
 ワタシノ元ニモ届イテオリマス」
「……なるほどな、まあ、筒抜けなんだろうな……で、どうするよ。俺達と行動を
 共にする気はねえか? これからは、大量の敵を、一度に相手にしなければなら
 ない。戦力を分散させるのは、得策とは思えねえが、どうだ」
「私ニ課セラレタ使命ハ、事ヲ見届ケル事デス。私ハアナタガタト共ニ行ケマセン
 ガ、戦イガ始マッタ後デアレバ、喜ンデ協力サセテ頂キマス」

 土方は、何も言わず、にやり、と笑った。
 それを見て、ナタクは言葉を続けた。

「日本人ハ、非常時ノ人……ソレハ、本当ナノカモシレマセン」
「……ん? 何だそれは」

 突然発せられた、予想外の言葉に、土方は少し目を丸く見開いてナタクを見る。

「日本ハ、戦国、幕末ト、内乱ガ起コル度、数々ノ英雄ガ生マレテイマス。シカ
 シナガラ、平和ガ続イテイル時ハ、偉人、ト呼バレ、歴史ニソノ名ヲ轟カス者
 ハ、一人モ生マレテキマセンデシタ……ソシテ今……日本デハ、数々の戦士ガ、
 英雄の資質ヲ供エ、コノ戦イニ参戦シテイル……」
「なんだ、そういう話か。買い被り過ぎ、ってもんだ。俺はただの一介の剣士に
 過ぎねえよ」
「ソノ一介ノ剣士……侍コソガ、非常時ノ人、ナノデス」

 土方は、両手を横に広げてため息をつくと、ナタクに近寄る。
 ナタクの身長は、土方とほぼ同じくらいであった。

「ま、今そんな話をしてても始まらねえな。なあ、ナタクよ……非常時の人を見
 てみたいのか? もしかしたら、それを見れば、見届ける事ができると考えて
 いるのか?」

 ナタクは、自分の横に並んだ男を見る。
 その男の瞳は、ぎらぎらと輝いているように、ナタクには見えた。

「もしお前さんが、見たいなら、見せてやるぜ。その非常時の人間ってやつの、
 戦いっぷりをな……」

 丘の上に、一瞬、強烈な風が吹いた。
 その風は、ナタクには、土方から吹き込んでいる圧力のようにも感じられた。

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「あーーあ、つまんないつまんないつまんないーーーー!!」
「ああ、もう、いい加減にしなさい、穂乃香!」

 少女の言い合う声が、天水村の商店街にこだまする。
 
「穂乃香ちゃん、仕方がないじゃない、近藤さんについてきたのも、あなたが
 暴れて無理矢理付いてきたんでしょ? あまり、隊士の皆さんに、ご迷惑を
 かけちゃだめよ」

 後ろから穂乃香の肩に手を置いて、諭すように雪乃が言う。

「雪乃さん、ほんとすみません、穂乃香ったら、もう暴れん棒で……」

 穂乃香の双子の姉、沙耶香が、はあ、とため息をつきながら雪乃に言う。

「あら、私は好きよ、こんな女の子。もう、今すぐにでも、妹にしちゃいたい」

 そう言って、肩に置いた手を前に出し、そのまま後ろから穂乃香を抱き締める。

「あー、雪乃さん、おっき〜〜」
「こら、穂乃香! そういう事を大きな声で言わないの!」
「あら、いいのよ、本当の事だもの」
「あ、いや、その……」

 落ちついた雪乃、元気の有り余る穂乃香、ただひたすら慌てている沙耶香の
三人は、かなり周りから見れば浮いていた。
 そんな三人は、またこちらも個性的なで通りそうな三人に、すぐに目に留まっ
た。

「……ん? なんや、あの三人。どこ行くんやろな」

 着物を着崩して歩く男が言うと、横を行く女が答える。

「さあ、帰る所じゃないのかしら。あまり、他人に関わるのはよしましょ」
「いや、そうは言うても、一応言うとかなあかんやろ、あれは、なあ、鼎」
「う〜ん、そうですねえ、僕はお二方の判断におまかせして……」
「そんな後ろ向きでどないすんねん! ほれ、どの娘も、メチャ綺麗やんか。
 ここは、いっちょ行っとかんとあかんやろ!」
「は?」
「あ、そうね、こいつの根性を鍛えるという事で、ナンパでもさせる?」
「ええなぁそれ。やろやろ。ええか、鼎、ナンパっちゅうのはな、まず自然に
 話かけるとこから始まるねん。んでな……」
「話がずれまくってますよ〜もう〜〜! 今は、この村が置かれている状況を
 お話して、ここに留まってもらうように言わないといけないのに」
「あら、いいじゃない、ナンパも、今あんたが言った事も、そう変わらないで
 しょ、やる事」
「かかか勘弁してくださいよ〜〜」
「ええい、男だったら、根性みせて行ってこんかい! お〜と〜こだったぁら〜
 ひっとつにか〜け〜ろ〜っと♪」
「何ですか、その歌は〜!?」

 ……こちらも、こんな調子だから、穂乃香達にも、すぐに見つかってしまった。

「ねえねえ、何あれ、面白そうだよ」
「こら、穂乃香! 人を指差して面白そうとは何? もう、やめなさい! 見な
 いの!!」

 向こうの三人が、こちらの三人に気付く。

「……なんか、見るな言われてるで」
「あんたのせいでしょ」
「なんでワイのせいやねん」
「面白がられてるんだから、少しは黙って歩きましょうよ〜」

 何がなんだか分からないが、どちらも、それとなく立ち止まってしまう。
 そして、ナニゲに挨拶を交わし、会話を始める。

「私は、御津御 麗華。綺麗な名前でしょ? で、こっちが手下A、手下B」
「誰が手下や! 渡辺ってちゃんと紹介せえ!!」
「いつからBに格下げされたんですか! 鼎って言ってくださいよ〜〜」
「きゃはははははは♪」

 絶妙のツッコミに、穂乃香の笑い声がこだまする。
 まあ、そんなこんなで、お互いに自己紹介をすませて、今のこの村について、
情報交換が始まった。

「……え? あの、ここに、もう列車はこないんですか?」

 雪乃が、麗華に問いかける。

「ええ、残念なんだけど……どうも、線路が曲がっているみたいなのよ。ここに
 来るのに、私は電車を使ったんだけど、途中で線路が曲がってたおかげで、電
 車が脱線してね……その場にいるつもりもなかったし、村まで数キロだから、
 手下Bと一緒に、歩く事にしたわけ。」  
 
 麗華は、薄い艶のある唇に人さし指をあてながら、雪乃に答える。

「当分、電車は不通になるはずです。ネットニュースや、JRダイヤなどを調べま
 したが、ここ数日は、この事故で通行もままならないはずです」

 Bと言われた事は、とりあえず聞かなかった事にして、鼎がノートパソコンの
キーボートを叩きながら言う。

「ワイは、車で来てたねんけど、途中で山崩れでな。すぐ最近起きたような感じ
 やったで。だから、車も、通られへん」
「……陸路が……封じられた……」

 沙耶香のその言葉に、渡辺がにやりと口元を緩ませる。

「そうや、だから、早う知らせんといかんの違うか? 新選組の隊士は、今いる
 人数分以上は、そうそうここにはたどり着けへんからな」

 その言葉に、雪乃達三人がはっとする。

「……いつから、それを……」

 雪乃の言葉に、渡辺が答える。

「そりゃ、あんたみたいなべっぴんさん、忘れる訳あらへんがな。4年前も、富
 士山麓にいたやんか、土方一佐と一緒にな」

 雪乃が一瞬、息を飲む。

「あなたは、誰なんですか?」

 穂乃香の単刀直入な質問に、渡辺が言う。

「ワイは、鬼切役・頼光四天王が一人、渡辺 綱や」
「別名、手下Aよ。覚えやすいでしょ」
「A言うなっ! 指名手配の少年か、ワイは!」
「きゃははははははははは♪」

 渡辺の衝撃的な発言も、御津御 麗華によってかき消されてしまう。
 どつき漫才は、やはり観客がいてなんぼらしい……

「ああ、そうそう、《峰桜》ちゅう旅館、知らへんか?」
「あ、それなら、来る途中で見かけましたよ」
「あ、ちょうどええ。そこ、綾霧(アヤギリ)ちゅう、ワイの古い知り合いの
 身内がやってんねん。安くしてくれんねんで」

 沙耶香の言葉に、渡辺がぽん、と手をついて言う。

「あそこが、なにかとやりやすいからな……まあ、あの男は、そんな事知らへ
 んと、誠君に勧めたらしいがな……ん、ああ、なんでもない」

 きょとんとする、穂乃香達三人に手を振りながら、渡辺は言う。

 そして、六人は、天水村へと入って行く。
 激動の足音はこの時も、彼等の後ろから、音もなく近付いていた……。
 



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